例えばこんな日々2 〜メガネの憂鬱〜


大小様々なビジネスビルが建ち並び、少し路地を入れば裏寂れた一杯飲み屋やバー、チケットショップや雑貨屋等が軒を連ねる。
都会というものは色も形も異なる積み木を並べた如く、不思議な空間を、突如として目の前に出現させる。

そんな都会の一角、ある焼き鳥屋のカウンターに、かつて友引高校の同窓であり、元・ラム親衛隊最高幹部会議長・メガネと、常に行動を共にしていたパーマ、カクガリ、チビが久々に集っていた。
彼らは高校卒業後、別々の進路へ進み、今はそれぞれ別の企業に勤めるサラリーマンだ。
煙が目に染みる狭い場所で、彼らは酒を酌み交わしていた。すると、メガネが遠い所に視線を投げ、ひとりぼやき始めた。

「…我々の青春だったラムさんが、あたると実家を出たと、風の便りに聞いた」

「ああ、そうだってな、俺も聞いた」 と、パーマ。

メガネのグラスを持つ手に力が入る。そして

「あの女ったらしで甲斐性無し、救いようの無いアホのあたるがぁぁ…」

“ダンッ!”と、カウンターにグラスを打ち付け、酒を飛び散らすメガネ。

「ラムさんとふたりっきりだとぉぉっ!!以前はまだ両親と同じ屋根の下だったから、ふたりっきりになる事はまず、可能性としては殆ど無いに等しかった!が、今度はどうだ!?ふ、ふ、ふたりっきり…朝も夜もふたりっきりの…」

「でも会社があるから年がら年中一緒、ってわけでも、なぁ」 と、カクガリ。

「あ、黙らっしゃいっ!!お前らわかってんのか!?あのあたるだぞ?女口説いてラムさんを泣かしてきた“あの”あたるだぞ!??」

メガネの力説が続く。

「あ〜あ〜あ〜…こうしている間にも、ラムさんは、ラムさんはっ!!きっと泣いているに違い無いっ!!あたるのラムさんを省みないあの態度に、きっと泣いて夜をひとりで過ごしているに違い無いんだっ!わかるかお前ら、ラムさんがひとりで泣いているんだぞ!?あのアホの為にっ!!そんな事が許されていいものか?いや、俺は許さんっ!誰が何と言おうとも俺はラムさんを不幸の只中から救い出してみせるのだーーーーーっ!!!」

「いくら酔った席だからってよ…そんなわけねぇだろよ、今更…」

「パーマッ!お前は…何か知ってるな!?しらっとした顔をしてるが、ふたりに関して何か知ってるなぁ〜!?」

「し、知らねーよ、ホントだって、メガネ…」

「よーし、それならば…」

男4人が顔を付き合わせて、何やらひそひそやっている。妙な光景だ。

「よし、わかったな、決行は明日(みょうにち)午後6時。場所は…」

こうして半ば酔っ払ったメガネの勢いに煽られて、話に乗ってしまった他のメンツ。
メガネの妄想に少々ゲンナリしつつも、久々にラムに会えるかもしれない期待に、胸を膨らませた。


その翌日は土曜。仕事が休みのあたるは、何をするでもなく、部屋でごろごろしていた。
あたるの母に教わって、日本人好みの料理とその味付けに慣れてきたラムは、台所で夕飯の支度をしていた。
午後6時。玄関のチャイムが鳴った。

「ダーリン、誰か来たみたいだっちゃ。ちょっと出て〜」

少々面倒臭げに玄関に出るあたる。ドアを開けると…例の4人がそこに。

「何だっ!?お前ら、急に」

満面笑みのメガネ達が、手土産を持って立っていた。

「いやぁ〜近くに来たもんだから、引越しのお祝いも兼ねてな…ラムさんに会いにだな〜来たわけよ、あたるちゃ〜ん…わははははっ」

すると、パタパタとスリッパの音を立てて、ラムが出て来た。

「わぁ〜〜っ、久しぶりだっちゃねぇ!元気だったっちゃ?」

「ラムさんこそお元気そうで…いや〜〜」

「ここで立ち話も何だから…ダーリン、上がってもらうっちゃ。ウチ、おつまみでも買ってくるから」

「ラムさん、そんな〜お構いなく〜ホント〜に、近くに来たついでなんで〜…」

「ついでにしては、しっかり手土産揃えとるな、お前ら」 仏頂面で対応するあたる。

「まぁまぁ細かい事は抜きにして。それじゃあ遠慮なくお邪魔させてもらいま〜っす」

ラムは近所のコンビニまで、買い物に出かけて行った。


ダイニングキッチンに通された4人。料理の途中だ。

「どーせお前ら、ラムに会いに来ただけだろ?」

冷蔵庫から缶ビールを出して、4人に適当に手渡すあたる。

「今日押しかけて来たのも、メガネ、お前が言い出しっぺだろ。図星か?」

「まぁそう堅い事言うなって。俺達とお前の仲じゃあないか、な、あたるクン」

キッチンの隣の部屋の戸は、閉じられている。膝を付いて、こそこそと近づくメガネ。

「人んちのプライバシーを、勝手に覗くなっ!!」

襟首を掴んで引きずり戻すあたる。どうやら隣の部屋は見られたくないらしい。
そんな態度を見ると、益々見たくなるのが人情…他の3人も、いらぬ想像を働かせていた。
と、玄関のチャイムが。ラムが居ないので、渋々出ていくあたる。

「勝手に覗くなよっ!」 と、念を押す。

主が席を外したその時、4人が一斉に、隣の部屋の戸を開けた。と、そこに有ったものは。
…ふたり分の布団。そして、物干しにかかったラムの洗濯物…。

「ふ、ふ、布団…ふたつ、並んで…そして…上を見上げれば…あれは…ラ、ラ、ラムさんの…し、下…着」

「お前らーーーーーっ!!何やっとるんじゃーーーっ!!」

想像通り“新婚さん”をやっているふたりに、静かに溜息をつく、パーマ、カクガリ、チビ。
それとは対照的に、鼻から赤い筋を垂らし目を血走らせて、今にも失神しそうな、メガネ。

「何じゃ、メガネには刺激が強過ぎたか」

「こいつ昨日から“ラムさんは泣かされてるに違い無いっ”とか何とか勝手な想像しててな…俺達はその付き合いで着いて来た、っつーわけ」

「何ワケのわからんことを…相変わらず進歩の無いやつじゃ」


「ダーリン、ウチもう眠くなったから…先に寝てるっちゃ」

目をこすりながら、ラムは隣室の戸を少しだけ開けて、中に滑り込んでいった。

「お前らいい加減に帰れよ…何時だと思ってんだ?」

「いいや、俺は帰らんぞ…断固として、帰らん…ラムさんの、て、貞操をだな…」

「何だかんだ言って、このまま居座る気じゃあるまい?はっきり言って迷惑なんだよ、急に来られて。それにお前いくつだ?まだガキみたいな事言ってんのか」

「メガネ〜いい加減帰ろうぜ〜…俺ももう眠てぇよぉ〜…」

“カラリ”と、隣室の戸が少しだけ開いた。そこにはネグリジェに着替えたラムが、半身だけ覗かせていた。

「それから、あんまり騒いで近所迷惑な事しないでね…おやすみ、だっちゃ」

半分程しか見えなかったとはいえ、中身が透けて見えそうな薄衣のネグリジェは、他の独身男…特にメガネには強烈過ぎたようだ。

「あ〜あ、こいつ失神しちまったよ…お前ら、連れて帰ってくれ、邪魔だから」

「思ってたより、上手くやってるみたいだな。羨ましいっちゃ羨ましいけどな、まぁ頑張れよ、あたる」

「いや、まぁ…ははは」

失神したメガネは、他の3人が担いで帰って行った。

また隣の戸が開く。

「もう帰ったっちゃ?皆」

「ああ。…あ〜も〜、メガネは相変わらずだなぁ。お前のその格好見て、気絶しちまった」

「純情だっちゃねぇ。ダーリンは、気絶しないっちゃ?」

「気絶したら、何も出来なくなるだろ?」

「ふふっ…そうだっちゃね…」


夜中の屋台で、4人は飲み直していた。

「お前いい加減に諦めたらどうだ?思ったより上手くやってるぜ、あのふたり」

「パーマッ!よりによってこの俺に“諦めろ”だと!?…それよりだなぁ」

メガネの眼鏡が“キラリーン”と光る。そして少しずれた眼鏡を直しつつ、パーマを睨み付けた。

「前にも聞いたな…お前、やっぱり何か知ってたんじゃぁ無いのかぁぁぁ〜?」

「またその話かよ…」 パーマは遂に開き直った。

「ああ、知ってたよ、知ってたともさ。高校時代から、ふたりはデキてたんだよっ」

「ふっ…やはりそうだったか…ラムさんさえ幸せなら、彼女さえ泣かなければそれでいい…と思っていた高校時代。すでにそういう間柄になっていたとはな…滑稽だろう、お前ら」

「メガネ…」

「滑稽だろう…滑稽だよなぁ…?」 半ば自嘲しつつ語り続ける。

「だが、だがなぁ〜〜〜…」

グラス酒をグイッとあおると、メガネは一気に捲くし立てた。

「俺のこの気持ちが滑稽だろうが、アホのあたるがすでにラムさんとナニしちゃっていようがっ!今日の幸せが明日に連綿と続く保障はどこにも無いのだっ!ラムさんの今日の笑顔が明日には涙に変わっているやもしれんっ!いつかひとりで夜を泣き明かす彼女を、俺が慰め、いつか結ばれる日が来たらん事をっ!それが俺の青春、ラムさんこそ俺の永遠の青春、そのものなのだ!…」

そして最後に。昔と変わらぬ名前を、月に向かって吠えた。

「ラーーーーームッさーーーーーーーーんっっ!!!」


「…どこかで犬の遠吠えが…聞こえない?ダーリン…」

「大方どこかのバカが…吠えとるんだろう…んっ…」

「やっとゆっくり出来るっちゃね…あっ、ダーリンたら…あんっ、だめぇっ…」

ラムのカラダを覆う薄衣が剥がされ、あたるの愛撫が始まる。
ふたりの夜は、まだまだこれからだ…。

--- E N D ---

あとがき


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