約束


「“いまわのきわ”って何だっちゃ?」

鬼ごっこの後日、ラムはあたるに質問した。

「オレそんな事言ったか?」 とぼけるあたる。

「ウチが“一生かけて言わせてみせる”って言ったらそう答えたっちゃよ。覚えて無いなんて、ウソばっかり」

「うーーーむ、覚えとらんなぁ…」

そっぽを向いてあくまでシラを切り通すあたる。

「もうっ!ウチに意味がわからない事知ってて言ったのけ?それならもういいっちゃ…」

ラムはプイッ、と頬を膨らませて、外へ出て行ってしまった。

「…あんな恥ずかしい事、二度と言えるかっ、ラムのアホ…」


上空から下を見下ろすと、しのぶがいた。軽やかに地面に降り立つラム。

「しのぶ、ちょっと教えて欲しい事があるっちゃ」

「あら、改まって何?」

「ダーリンの事なんだけど…」

「あたる君がどうしたの?」

「言葉の意味がよくわからないっちゃ。しのぶならわかるかと思って」

ふたりは商店が並ぶ街中の、手近な喫茶店に入った。

「あの鬼ごっこの後の事ね?」

「うん。ウチが“一生かけて好きって言わせてみせる”って言ったら…“いまわのきわに言ってやる”って言われたっちゃ。これってどういう意味?」

しのぶは少々複雑な気分になったが、表情を変えずにラムに言った。

「…そっかぁ…あたる君、そんな風に言ったんだ…」

頬杖をついて、外の景色を眺めるしのぶ。少しの沈黙。
ラムと視線を合わせないまま、彼女は独り言のように、話し出した。

「それって…すごく、責任と重みのある言葉だと、あたしは思うけど」

「そうけ?」

「“今際の際”っていうのはね…ラムには日本語は少し難しいわね。…人の、臨終の時の事よ、死ぬ間際」

そしてゆっくりとラムに目を合わせると、続けて静かに語った。

「人はいつか年を取るでしょう?男と女がいて、一緒になって、子供が産まれて…ふたりはおじいさんとおばあさんになって、孫もいるかもしれないわね」

「うん…」 ラムも頬杖をついて、静かに語るしのぶの言葉に耳を傾けている。

「でも、いつかはどちらかが先に、死んでしまうでしょう?それは誰も避けられない事だけど。年老いたふたりのどちらかが、先に逝ってしまいそうになった時、それが…“今際の際”よ」

「それはわかったっちゃ…どうしてダーリンがそんな事言ったのかが、ウチにはよくわからんちゃ」

それを聞いて、ふぅ、と溜息をつく、しのぶ。ラムのある程度の鈍さみたいなものはよく知っていたが、ここまで言ってどうしてわからないのかしら…という意味での溜息だった。

「“今際の際に言う”ってことは、それくらい長い年月、取っておきたい言葉だって意味よ、多分。ここまで言ってまだわからないの?」

「ウチは今すぐにでも言って欲しいのに…どうしてダーリンは、そこまで回りくどいことしたがるっちゃ?」

「それだけ、大事な言葉、大事な気持ち…って事なんでしょうね…彼にとっては…」

「ふーーーん…」

意味はわかったがどうにも納得いかないラムと、複雑な面持ちのしのぶ。

「さ、もう出ましょう。あたし帰りに夕飯の材料買って帰らないといけないから」

「うん、しのぶ、ありがとだっちゃ。意味はよくわかったっちゃ」

「それはよかったわ…あたしの説明でわかってもらえて…」

笑顔で、お互い反対方向に歩き出すしのぶとラム。

が、本当のところ、しのぶの胸中には、何とも形容し難い、もやもやしたものが残っていた。それが“今更”の嫉妬なのか、羨望の気持ちなのかは、本人にもよくわからないのだったが。


(やっぱりラムには敵わないなぁ…“あの”あたる君にそんな事言わせるなんて。あたしや他の女の子にだったらいくらだって…それこそ掃いて捨てる程“好き”を連発してたのに)

少し日が傾いてきた商店街を歩きながら、ぼんやり考えるしのぶ。

(そこまで取っておきたいのねぇ…ってことは、考えてみたら、ラムにはわかり辛い遠回しの“プロポーズ”…って事になるのかしら)

八百屋を覗き、乾物屋で必要なものを買い求め、帰路につく。街灯が夕暮れの街に灯り出す。

(でも、あのふたりと付き合うのは…ごくごく普通のあたしには、ちょっと疲れるわぁ…あ、そう言えば今度の日曜日は、因幡さんと約束があったっけ…)

自宅の前でニッコリ笑みを浮かべ、家に入るしのぶ。あの鬼ごっこの日の事など、ずいぶん昔のように思いながら。


「ねぇダーリン、どうして回りくどいことしたがるっちゃ?今すぐにでも言って欲しいのにぃ」

「えーい、だから覚えておらんとゆーとろーがっ!」

「確かにウチも“一生かけて”とは言ったけど…そんなに年取るまで待てないっちゃ!ウチがおばあちゃんになっても…それでも、好き、って言ってくれるのけ?」

顔を赤くして口ごもるあたる。それだけは口に出来ない、したくない。“ああそうだ”とは絶対に言えん…と思っていた。

「もう…ダーリンの考えてることは、よくわからないっちゃ…」

それ以上、ラムは何も言わなかった。黙って押入れの布団を出す。すると。
手帳が一冊、ラムの足元に落ちた。

「何?これ」  「うわっ!」

それはあたるの数多あったアドレス帳の一冊であった。

(確かあの時、面堂に全部持って行ったはずだったが…まだ残っておったか…)

「これ、女の子の住所録だっちゃ!まだこんなものを〜〜!」

「いいから返せっ!」

「やだっちゃっ!返さないっちゃっ!これはウチがきちんと処分しとくからっ!!」

「いいから返せって!」

部屋の中をグルグル走って追いかけっこをするふたり。

階下の両親は茶をすすりながら
「若いってのは、いいもんだねぇ、母さん」
「そうねぇ…あなた」
と、さすがに慣れきった様子で、くつろいでいた。


「いいからっ…うわっ!」

「ちゃっ!」

ズルッ、ドタッ。

アドレス帳を取り合っているうちに、布団に足を取られて、転んでしまったあたる。しかも…ラムを押し倒した姿勢で。重なったまま、しばし固まるふたり。

あたるが顔を上げると…少し頬を紅潮させたラムの顔が、すぐ間近に。それを見てあたるも赤面した。ラムが仰向けで自分がその上に覆い被さっている…。

何故か、思わず動揺してしまうあたる。

(今更何を動揺しとるか…密着したことなど何度もあるではないか…)

「…ダーリン、いいっちゃよ…」

“ドキーッ!!”

(いやしかし待て、まだ時間が時間なだけに…この体勢でこのセリフは洒落にならん…)

気持ちの準備が出来ていなかったためなのか、更に動揺する、あたる。

ラムの腿の間に片足が挟まっていて、胸の谷間に右腕が乗っかっている。ほんの数センチ頭を動かせば、顔がくっつく。そんな状況。

(これは下手に動けん…しかもコイツ、目を閉じてるし…)

初めてでは無いとはいえ、どういうわけかあたるは動揺しまくっていた。そして、数十秒か、あるいは数分の間だろうか、あたるは取りとめも無く、そんな事ばかりで頭を一杯にしていた。

と、いい加減しびれを切らしたラムが、あたるの腕を退けて起き上がった。

「ダーリンのバカッ。せっかくいいムードだったのに、何もしてくれないなんて…」

「オ、オレだってだなぁ、色々とその…」

「色々、何だっちゃ?」

「ラムッ、お前ってヤツはまったく…本当に面倒臭いヤツじゃっ!」

「ちゃっ…」

ラムの腕ごとカラダを力一杯抱きしめ、口で口を塞ぐあたる。

「んっ…」

思わず身悶えするラム。わずかの間だけあたるが口を離して囁いた。

「こうしないと黙らんから…」

そしてまた深く深く、唇を重ね合う。

唇を開いて互いの舌を少し離してはまた絡め合う。絡め合いながらまた唇を深く組み合わせる。そんなことを幾度か繰り返す。

その度に、唾液が唇の周りに垂れ、口を離すとそれがトロリと糸を引いた。

「…ダーリンの…すごく…激しいっちゃ…」

キスの最中に、お互いの膝頭で股間を突付きあう。

あたるがあまりに強くラムを求めたので、座った体勢は崩れ、再びラムを下にして重なり合った。
足を絡め合い、全身を擦り合わせる。衣服を身に付けてはいたが、その下にある生肌とその温度を、互いに感じ合っていた。
キスが口から頬へ、耳へ、首筋へ…激しく貪るように、求め合うあたるとラム。

しばし、心もカラダも熱くたぎる時を過ごす。あたるが上半身の衣服を脱ぎ、その手がラムのブラにかかる。
張り出した乳房と、ピンク色の乳首。ラムとの初めての鬼ごっこ最終日、あの時見た気持ちとは、明らかに違う。
その後の色んな成り行き上、彼女は押しかけ女房となり、同居せざるを得なくなったが、今はラムが居ない生活など考えも及ばない。

上半身への互いの愛撫は、皮膚が白く薄い部分に、赤い花びらのような色を残した。
ラムが艶かしい声で、愛撫に応えている。全身をくねらせ、足を絡め、腰を浮かし、上半身を反らす。

「…ダーリン…ダーリン…」

呪文のように繰り返される言葉が、あたるの耳に心地いい。それは普段の生活の中では聞く事の出来ない、吐息混じりの甘い声。
あたるはとにかく夢中で、ラムへの愛撫を続けた。


ガチャ…バタン。

「えっ!?」  「ちゃっ!?」

思わずドア側を振り向くふたり。

思わぬ珍客だった。コタツを抱えたコタツネコが…その部屋で何事も無いかのようにコタツを置くと、ぬくぬくと暖まりだした。

「おいこら、コタツネコ…」

「…せっかくいいところだったのにぃ…」

上半身のみ裸のふたり。ラムはそそくさとブラを身に着け、途中で終わってしまった不満を小声でぶつくさ言った。
あたるも不意に現れた“邪魔者”コタツネコを睨み付けた。

(せっかくのところを邪魔しおって…なんちゅーデリカシーの無いヤツじゃ…)

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夜も更けた頃、屋根で肩を並べるふたり。月が煌々と光り、闇夜に不思議な粒子を撒き散らしているようだ。

「今日は邪魔が入ったけど…ウチ、すごく嬉しかったっちゃ…」

「そ、そうか…」

さすがに屋根の上では続きは無理だが、あたるは先ほどの事を思い出して、赤面したり、頭を左右に振ったり、鼻の下を伸ばしてトローンとしたりと、目まぐるしく表情を変化させていた。
ラムはあたるにもたれかかって、静かな屋根の上のデートを、しばし楽しんだ。

「ねぇダーリン。“今際の際”の事だけど」

「またその話か…覚えてないからなっ」

「そうじゃなくって…どっちが先でも後でも、必ず言ってね…約束、だっちゃよ…」

「何言ってんだ…バカ…」


(“どっちが先でも後でも”かぁ…)

これから先、あたるが他のコに、どんなにたくさん“好きじゃーっ!”と言っても、最後の最後まで取っておくのは…ひとつだけだ。

(オレの方が先じゃないと…結構辛いもんがあるよなぁ、きっと…)

休み時間。校舎の隅で、制服のポケットに手を突っ込みぼんやり空を見上げるあたる。そこにしのぶが通りかかった。

「あら、あたる君」  「よお」

「昨日、ラムから聞いたわよ。…あたる君らしいといえば、らしいわねぇ」

「な、何の事だよ」

「…ううん、何でも無い…」

そしてニッコリ微笑むと、しのぶは校舎に入って行った。
そして彼女と入れ違い様に、上空からラムが降りて来た。

「ダァーリンッ♪」

強くしがみつくラム。それを嫌がるふりをするあたる。

(年取っても、こんなんなんだろうか…)

改めて、自分が言った言葉に重みを感じる、諸星あたるであった。

--- E N D ---

あとがき


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