その手のぬくもりを


「はーーーくしょいっ!!」

あたるが風邪を引いた。

「大丈夫?ダーリン」

と、あたるの額に自分のおでこを当てるラム。

「熱もあるっちゃ。…ダーリン?顔が赤くなってるっちゃ」

「明るいうちから恥ずかしい真似をっ…はっくしょいっ!」

くしゃみの飛沫がラムに飛んだ。風邪で本当に熱が上がってきたあたるは、翌日から学校を休んだ。

=================================

「アホは風邪引かんと言うが…迷信も当てにならんなぁ」

あたるが休んだと知って、メガネがぼそっと言った。

「今日、病院に行くって言ってたっちゃ…くしゅんっ!」

「あれ、ラムさん、もしかして…風邪ですか?」

一瞬、メガネ達男子の脳裏に、“宇宙風邪”の忌まわしい過去が浮かんだ。あの、皮膚が“赤緑の縞々”になる宇宙風邪だ。

「…うん、今朝からくしゃみが出るっちゃ…くしゅんっ!」

「そ、そうですかぁ、風邪ですかぁ…ラムさん、少しUFOで休んでたらどうですか?」

過去の出来事を思い出して、男子達は揃って「そうそう、そうした方がいいよ」と頷く。

「だっちゃね…何だか熱も出てきたみたいだし、ウチ、早退するっちゃ…くしゃんっ!」

「お大事に〜〜」 窓から飛んで行ったラムに手を振り見送ると、男子達はほっと胸を撫で下ろした。


UFOに戻ったラムは熱を測ってみた。

「熱があるっちゃ…風邪薬飲んで寝ようっと…」

薬を飲み、カプセルベッドの中に入る。スリープモードにして夜まで眠る事にした。そして夜になって再度検温してみるラム。

「まだ熱、下がってないっちゃね…くしゃんっ!」

UFO内には、医療用の自己診断メカも置いてある。それで風邪のウィルスが何であるかを診察してみると。

「宇宙風邪じゃないっちゃ…地球タイプの風邪…前にランちゃんが罹ったやつだっちゃ。地球風邪に効く薬って、あったかなぁ…」

ぼーっとした頭で、薬入れを探してみるが、“地球風邪”に効果がありそうなものは無かった。

「地球風邪の対処法…父ちゃんに聞いてみるっちゃ…」

だるい体をおして、モニターに向かうラム。画面に父親が映った。地球風邪を引いたらしい、と言い、その治療法を聞いてみる。

「地球風邪の治療法かいな。うむ…」 少し難しげな顔になる父親。

「ランちゃんも前に罹ったし…だったら治す方法あるはずだっちゃ」

「んむ…ラムが罹っとるのは、また違うかもしれん。とにかく臨床例が無いんや、一度こっちゃ戻って来い」

「うん…でも、ダーリンも風邪引いてるし…放って帰るの心配だっちゃ。ここで治せないのけ?」

「婿殿は地球人や、何も心配いらんやろ。お前が地球風邪に罹っとる方が心配や」

「わかったっちゃ…くしゅんっ!」

そしてラムはあたるに心を残しながらも、とりあえず母星に戻った。


あたるの風邪は意外と長引いた。テンから、ラムも地球風邪に罹ってその治療に星に帰った事を聞いた。

「オレの風邪がうつったのかな…」

「そや、お前の風邪やから、こっちでは治療出来んそうや!ラムちゃん大分苦しそうやったでぇ…どないしてくれるんやっ!」

「オレに責任がある、って言うのか?えっ、ジャリテン!?」

「そうに決まっとるわ!地球でアホは風邪引かんって聞いたけどな、そんだけタチ悪い風邪、っちゅーこっちゃ!わかったか、アホッ!」

あたるが学校を休んで3日目。ようやく熱も下がって体調も落ち着いてきたところだった。

(ラムが地球風邪に…前のとは違うのか…)

そして翌日から学校に行ったあたるだったが、ラムはまだ戻って来ない。

ラムが前の風邪では無いと聞くと、男子達はほっとした。と同時に、なかなか帰って来ない彼女の身を案じた。

「天変地異の前触れか…珍しくアホが風邪を引き、貴様の風邪にラムさんが巻き込まれるとは…諸星っ!どこまでラムさんを苦しめれば気が済むんだ!?一度死ねぃっ!!」

面堂が刀を振り下ろすと、すかさず“真剣白刃取り”で対応するあたる。あまりの言われように面堂に食ってかかった。

「お前にとやかく言われる筋合いは無いわっ!ラムが勝手に地球風邪に罹っただけじゃっ!」

「よくもぬけぬけとーーーっ!貴様には彼女をいたわる気持ちは無いのかーーーっ!?」

そんな罵詈雑言の応酬がしばらく続いた。周りは面堂の言う事がもっともだ、と思いつつも半ば呆れ気味で傍観していた。

そして、1週間が過ぎても、まだラムは戻って来なかった。


「おい、ジャリテン…ラムの様子はどうなんだ?」

「まだ治療中らしいで…ワイにも詳しいことはようわからんけどな…」

ラムの情報は、テンから聞くしかなかった。1週間経っても帰って来られないほど悪いのか…と思うと、あたるは居ても立ってもいられない気持ちになった。

夜になり、テンは押入れで眠ってしまった。押入れに背を向けて椅子に座り、部屋の明かりも点けず、暗い中で独り物思いに耽るあたる。

(どうしてんだよ、ラム…もう1週間も経つっていうのに…もしこのまま、帰って来なかったら…)

最後に触れたのは、あの時…自分の額に額を当ててくれ、その後、布団で眠る自分の手を握っていてくれた…あの時。

“ウチが傍にいるから、安心して眠っていいっちゃよ”

(その言葉を聞いた後、眠っちまったんだな…)

“あの時”の、ラムの手の温もりが、まだこの手の中に残っている。

(いつも当たり前だとばっか、思ってたのにな…オレの風邪なんかで…もし…)

両の掌を見つめるあたる。ぽたぽたと涙が零れてきた。

涙で濡れた手を、ぐっと握り締める。もし、二度とこの手で、あの手を握る事が出来なくなったら…そう思うと、とめどなく涙が溢れてくる。

(アイツが一緒に居るようになってから…オレ、何度泣いてんだろうな…)

肩を震わせて、嗚咽する。長い時間、静かに泣きながら、夜は深々と更けていった。


寝不足のまま学校へ行ったあたる。溜息ばかりが後から後から出てくる。その日は1日中、何をする気力も出ず、ぼんやりしたまま放課後を迎えた。

夕刻、家に帰ると、部屋にはまだ誰かが居た匂いも無い。畳にごろりと横になると、漠とした寂しさが部屋に広がる。
そして、夕べの寝不足もあって、あたるはそのままうとうとと眠ってしまった。

(…ダーリン…ダーリン…)

「…んん…?」

(こんな所で寝てたら…また風邪引くっちゃよ…)

柔らかく温かい、人肌が、頬に触れた。

「えっ!?」

ガバッ、と起き上がると、そこには…ラムが。

「やっと良くなったっちゃ。長い間留守にしててごめんちゃ、ダーリン。連絡も取れなくて…ちゃっ…」

思わずラムを抱き締めるあたる。

「…連絡くらい、ちゃんと寄越せよ、バカが…」

少しの間だけ抱擁すると、あたるは懐かしげにラムの両手を取って、しっかりと握り締めた。

「…どうしたっちゃ、ダーリン?」

「しばらくこのままで…いいだろ、ラム…」

「うん…」

ラムの細い手が温かい。両手でやんわりと包み込むように握り、何度もさする。
たった1週間程居なかっただけなのに、その手の温もりが、とても懐かしい。

この手をずっと離したく無い…あたるはそう思っていた。
余りに恥ずかし過ぎて口には出来ないが、ラムの手を握りながら、そう思っていた。
彼女のその手の温もりが、体と心の芯まで、温めてくれる気がしたからだ。

「ダーリンの手、すごく温かいっちゃ…」

あたるは何も言わず、照れ臭そうにラムの手をさすった。何度も何度も。

その手の温もりを、自分の記憶に擦り込むようにして。

--- E N D ---

あとがき


[ MENUに戻る ]