例えばこんな日々3 〜幸せのカタチ〜


ある日の朝、ラムがあたるのワイシャツを見て、彼に怒鳴っていた。

「これ何だっちゃ!?この胸ポケットの口紅の跡はっ!?」

「何だ朝っぱらから!それは知らないうちに着いてたんだっ!」

仕事に出かける前の痴話ゲンカ。しかしラムの怒り方はいつもより激しかった。

確かに、今もまだ女に声をかけてばかりの、あたるの性格は治っていない。ラムのヤキモチも相変わらずだ。
しかし時々の午前様、夜中に帰ってくれば大声で怒るわけにもいかず、適当に誤魔化されてばかりだった。
そして彼女の積もり積もった不満が、遂に爆発したのだった。

そしてあたるが仕事に行ってしまうと、ラムはひとり、気が抜けたようにキッチンの椅子に座り、しばらくぼんやりしていた。

「ウチ、何だか疲れたっちゃ…これからもずーっと、ダーリン、あんな感じなのかなぁ…」

幸せなスイートホーム…と夢見ていたが、現実は程遠い。

「もうっ…ダーリンのバカッ…」

そしてしばらくの間、ラムはキッチンのテーブルで眠ってしまった。

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「何だよ、ラムの今朝の怒り方は…口紅の跡くらいで、あんなに怒鳴らんでも…」

昼休み、ひとりで昼飯を掻き込むあたるもむしゃくしゃしていた。

(そりゃオレだって悪いかもしれんが、昔っからそれはわかってたんじゃないのか?)

どうにもスッキリしない気分だった。帰りに飲みに誘われたので、自棄(やけ)と勢いでベロベロになるまで飲んだ。
帰りはどうしたのかよく覚えていない。気が付けば公園のベンチの上。寒さで酔いは覚めたものの、夜空を仰いで溜息をひとつ。

(もうこんな時間か…しょうがないからファミレスででも休んでくかなぁ…)

そして多少ヨレヨレの格好のまま、出勤した。

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ラムは、といえば。あたるが昨晩帰って来なかったことで、余計にムカムカしていた。あんなケンカくらいで帰って来ないなんて…と。

「もうっ!ウチ知らないっちゃっ!」

テーブルにメモを残すと、UFOへ。しばらく帰らないつもりだった。

あたるが帰宅してみると、部屋が暗い。テーブルのメモに気が付いた。

“ちょっとUFOに行ってます。ラム”

たったそれだけしか書いていなかった。

「どういう事だよっ、ラムのアホッ!」

そして些細なきっかけで、互いにイライラ、モヤモヤした気分のまま、数日が過ぎていった。


アイロンもかかっていないヨレヨレのワイシャツ、ネクタイ、スラックス。それを見れば、ラムが一緒に居ない事など、同僚達には容易に想像出来た。

「諸星、彼女とケンカでもしたのかよ?」

興味本位でワザとらしく聞いてくるヤツ、それに聞き耳を立てるヤツ。給湯室やトイレでは、いい噂のネタになっていた。
諸星が彼女と別れたらしい、あんなにいい女が愛想を尽かすのも当然だ…とか何とか。

噂など無視しているものの、面白く無いあたる。

(まったくいつまで怒ってんだよ、ラムのアホ…)

その頃ラムは。

「ダーリン、ちゃんと食事してるのかなぁ…洗濯とかしてるのかなぁ…」

心配は心配だったが、今すぐ戻る気にもなれない。しかしUFOに篭っていても気が滅入るばかりなので、気分転換に買い物に出かける事にした。

商店が建ち並ぶ街中。アクセサリーショップのウインドウを覗くラム。

(ダーリンたら、指輪のひとつもくれた事無いっちゃ…)

ペアのリングを見ながら、溜息をつく。“好き”もお預けのままだし、指輪もくれない…ずーっと今と変わらないのかな…と、寂しい思いに囚われるラム。

街行くカップルを見ながら(幸せそうだっちゃ…)と、また溜息。すると、後ろから聞き慣れた声が。

「ラムじゃない、久しぶり。お買い物?」

「…しのぶ…」

「何だか元気の無い顔ねぇ。またあたる君と何かあったんでしょ。あたしで良かったら、話聞くけど…?」

喫茶店に入っても、ぼんやりしたままのラム。しのぶを見ると、左手の薬指に、シンプルな指輪が。

「しのぶは因幡クンと上手くいってるみたいだっちゃねぇ…」

「うん…。ラムの方は?…っていうか、その顔じゃ、またケンカでもしたみたいね?」

「ウチ、どうしたらいいかよくわからんちゃ…このまま一緒に居ても…って思って、今UFOに居るっちゃ」

「家出したのね。でも、たまにはそうやって気分転換した方がいいわよ。特にあたる君が一緒ならね。で、向こうは何か言って来たの?」

「ううん、ちっとも。…しのぶが羨ましいっちゃ。指輪なんかくれた事も無いんだから、ダーリンは」

「これはこれですごく嬉しかったけど…ところでラムは、どういう風になるのが、理想なのかしら?」

「どうって、別に…あんまり考えた事無いっちゃ」

「例えば…もし、いつもラムにだけ優しくて、やたらと“好き”って言ってくれるあたる君だったら、どう思う?」

「うーん…ダーリンらしく無いかなぁ…それはそれで嬉しいかもしれないけど、そんな事有り得ないっちゃ」

「だから例えば、の話よ。…今のままのあたる君でいいんでしょ?」

「…うん…」

「たま〜〜に見せる優しさが、クセモノなのよねぇ。それに、ラムが思ってる以上に、ラムのこと大事にしてると思うけどなぁ」

「全然、そんな事…浮気も治らないし、いっつも言い訳ばっかりだし」

「まぁ、もう少し懲らしめてから、帰った方がいいわよ。ラムが居ないとすごく寂しいくせして頑固よねぇ、あたる君も。…それにラムも。ホントはすぐにでも帰りたいんでしょ?」

「うん…」

(本当に高校時代から、ふたりとも素直じゃ無いのよねぇ。周りが心配するばっかりで…結局ふたりだけで全部、解決出来てるくせに。ホント、世話が焼けるっていうか人騒がせっていうか…でも、あたしがそう思えるのも、気持ちに余裕が出来たからかしら…)

ミルクと砂糖を入れた少し甘めのコーヒーを飲みながら、しのぶはそんな事を思っていた。きっと今度も人に心配をかけるだけかけて、気が付いたら丸く収まっているんだろうな…とも。

しばらく話した後、ラムはUFOに戻って行った。


まだ夕方まで時間がある。しのぶは買い物の途中で買ったタイヤキをどこかで食べようと思い、噴水のある公園までやって来た。

すると何という偶然か、ベンチにあたるが座っているではないか。まだ仕事が終わっている時間とも思えなかったが、あたる君らしいわね…と思いながら声をかけた。

「久しぶりね、あたる君。元気だった?」  「よお、しのぶ。久しぶり」

ひとつのベンチに、人一人分の距離を置いて座るしのぶ。買い物袋の中のタイヤキを取り出すと、取り敢えず一口頬張った。
あたるを見ると、やはり元気が無い。さっきのラムと同じだ。

(やっぱり、思った通りね…) あたるの顔をチラチラと覗き見ながら、タイヤキを全部食べ切った。

「あ〜美味しかった。こういう所で食べるのもいいわね。…ところであたる君、仕事中じゃないの?」

「ん?まぁな…」

「さっき、ラムに会ったわよ」

「えっ?…」 何か聞きたそうな表情になるあたる。

「相変わらずねぇ、ふたりとも。ちっとも進歩が無いっていうか。ラム、元気無かったわよ。どうせまた…いつもの事だと思うけど」

あたるは黙ったままだ。けだるそうに背もたれに寄りかかり、しのぶの言う事を聞いている。

「どうせすぐ元通りになるんでしょうけど。素直じゃ無いのよねぇ…ホントはラムの事、大事で大事で仕方無いくせに」

「そ、そんな事無いぞ…何言ってんだ」

「小さい頃から、一体何年の付き合いだと思ってるのよ。ちゃーんと顔に書いてあるわよ、早く戻って来て欲しい、って」

それを聞くと、あたるは下を向いてしまった。あまりに的を射た事をズバズバ言われるので、返す言葉が無いのだった。

それから数分間か、あたるはうなだれたままでいた。少しの沈黙の間、しのぶは買い物袋の中身を確認していた。
ラムについて聞きたいのだが、どう切り出していいものか…と思いつつ、しのぶを見るあたる。手元に視線を投げると、左手に指輪が光っていた。

それを見て、あたるは何故か、ほっとしていた。少しだけ気が楽になった気がした。

「それ、因幡からもらったのか?」

「うん…」

「今…幸せか?」

「うん…どこかの誰かさんと違って、あたしの事だけ想っていてくれるし」

「…そっか…」 それを聞くと、あたるは穏やかな顔付きになった。

「ラムがね…コレ見て、すごく羨ましそうにしてたわよ。…どうして男って、そういう事に疎いのかしらねぇ。形とかで示して欲しい時だって、あるじゃない」

「そんな物やらなくたって…ラムは、オレの事…」

「本当に勝手なんだから。ラムが家出したくなる気持ちもわかるなぁ。オマケに好きだ、って言うのも、最後の最後までお預けのくせに。自分勝手よね、本当に」

「何でその事を…」

しのぶからそんな事を聞かされるとは…と、予想だにしなかった彼女の言葉に、あたるは思いっ切り狼狽した。

「これからの長い年月ずっと一緒に居る、って決めたんでしょう?…本当にラムの事、好きなのね、あたる君。…さて、と」

まったくそれ以上、あたるには言葉が無かった。しのぶには全てお見通しのようだ。

(女ってのは何でこうも勘が鋭いというか、何でも知っているのだ…)

「それじゃあ、あたし帰るわね。ラムに言うべき事、ちゃんと言いなさいよ…じゃあ、元気でね」

「ああ…しのぶも元気でな」

ヨレヨレのネクタイを締め直し、空を仰ぐ。少し日が傾いてきた。今日は直帰するか…と、立ち上がったあたるの足取りは、このベンチに座る前よりも軽くなっていた。


UFOと通信したら、まず何と切り出そうか…あたるは腕組をして部屋を行ったり来たりしていた。

(しょうがない…えーいっ、ままよっ)

小型の通信機には小さいモニターも付いている。ラムが持って来たものだ。成るようにしか成らん…と思いつつ、通信機のスイッチをONにする。

少し待つと、わずかなノイズの向こうにラムが映った。お互いに、思わず目を逸らす。

「…何だっちゃ?今頃…」 先にラムが口を開いた。ふて腐れたような態度で。

しばし無言のあたる。“ラムに言うべき事、ちゃんと言いなさいよ”しのぶの言葉を思い出す。

「…その、何だ…」 口篭って、なかなか思うように言葉が出ない。

「…何だっちゃ?」

少しの間固まったままのあたる。すると突然、床に手を着き、頭を下げた。

「すまんかった…悪かったから…戻って来い…いや、来て下さいっ、ラムッ…」

鼻をすする音が微かに聞こえた気がした。ラムはドキッとして、モニターを見た。こっちに向かって土下座しているあたるが映っている。

「ダーリン…」

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通信後、少しして、ラムが戻って来た。

「ダーリン…ウチも、ごめんちゃ…」

あたるを見ると、ラムが予想していた通りの、ヨレヨレシャツにネクタイ姿。

「やっぱりアイロンがけしてないっちゃね…シャツがヨレヨレだっちゃ。ズボンも」

「いや、ははは…やっぱアレだな…お前が居ないと…オレ、何も出来んから…はははは…」

「もうっ…ダーリンがきちんとしてないと笑われるのはウチだっちゃよ。ネクタイはきちんと締められた?」

「いやもう、全然…それより、アレだ…ラム」  「何?」

あたるがズボンのポケットに手を突っ込んで、何か取り出した。

「…あんま高いもんじゃないけどな…ほれ、手、出してみ」

あたるが両手を後ろに回して、何やらごそごそやっている。何の事かピンと来ないラムは、両手を前に出した。

「こっちの手だって…」

ラムの左手を取る。そして薬指に、何の石も付いていないシンプルな指輪をはめた。

「えっ…」  「今度はお前の番だぞ、ほれ」

自分用のをラムに持たせる。あたるの同じ指に、同じデザインの指輪がはめられた。

ふたつの手を並べてみる。ラムの目から涙が零れ、彼女は静かに呟いた。

「ダーリン、ウチ…嬉しいっちゃ…」

それ以上は言葉にならないのか、ラムはあたるに抱き着き、しばらく泣き続けた。


ようやく元の鞘に収まったふたり。しのぶが思っていた通り、気が付けば…という結果だった。
ただ今回は、今までと少し違っていた。ラムもあたるも、それぞれ“しのぶのお陰”かな…と、どこかで思っていた。

あたるは何もかもお見通しだった彼女の言葉に後押しされて。

そしてラムは、彼女とのこんな会話を思い出していた。

“しのぶは、どんな時に幸せだって感じるっちゃ?”

“そうねぇ…あたしはこの指輪も嬉しかったけど、因幡さんと出会えて今がある事が、一番、かしらね。そう言うラムはどうなのよ?”

“ウチは…ダーリンと一緒に居られれば、後は別に…”

“変わら無いのねぇ…例えば、目で見て形の有るものは、いつかは壊れたり無くなったりするけど、あたる君を好きだっていう気持ちは、簡単に無くなったりしないでしょう?あたる君もそれは同じだと思うな…そうで無かったら今頃とっくに、別々の人生を歩んでいるはずだと、あたしは思うけど”

“…うん…”

“もう少ししたら、きっとまた元の形に戻るわよ。ラムとあたる君の、幸せの…形、って言うのかしらね。目には見えないけれど。それが昔も今も変わってないなら”

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翌朝。アイロンをピシッとかけたワイシャツにスラックスで身支度をするあたる。

「ダーリン」  「何だ?」

ラムがあたるのネクタイを締めながら、悪戯っぽく笑って言う。

「この指輪は形があるから、別に外してもいいっちゃよ。他の女に声かけたくなったらね」

「何だよ、昨日やったばかりだと言うのに。それにオレの安月給じゃあ、これ無くしたら他のは買ってやれんからな」

「ウチは絶対無くさないもん。ダーリンの方が心配だっちゃ。はいっ、出来上がりっ」


小奇麗になって、更に指輪までして来たあたるに、驚く同僚他数十名。

「諸星〜新しい女でも出来たのかぁ?ラムさんと別れたんだろ〜?」

「アホかお前ら。誰がいつ、ラムと別れたって?アイツならちゃーんと居るよ、ずっと…。ちょっと風邪引いて寝てただけだ」

その後、諸星あたるが指輪を常時きちんと着けていたかどうか、そして無くしていないかどうかは…定かでは無い。

--- E N D ---

あとがき


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