パラレル〜並行の時間軸〜


諸星あたるは、保健室のサクラにある相談に来ていた。

「…とかく記憶というものは、自分の都合の良いようにしか思い出せんものじゃ。それは各々が確かに経験した記憶かもしれんし、あるいは願望を記憶とすり替えておる場合もある…諸星、おぬしが見る夢の中の娘とは、会った憶えがあるのか?」

「それがはっきりしないから、こうしてサクラさんのとこへ来たんじゃないですか」

「しかし…奇妙じゃのう。毎晩のように同じ娘の夢を見る、と。それは何かの暗示、あるいは深層心理が夢として映像化されたもの、とも言えるかもしれん。が、何か違和感を感じておると言うのじゃな」

サクラは机上にあった茶菓子の薄皮饅頭を指して、話を続けた。

「例えば、これを脳としよう。私の指で突付いてへこます…へこんだ型がくっきり付いて、元には戻らん。一度刻まれた記憶はこれと同じように、そう簡単には消えん、ということじゃ。脳が唯一出来ぬ事…それは“忘れる”という事だけだそうじゃ」

「忘れる事は出来ない、という事は…一度経験した事は何かのはずみで忘れていても、思い出す可能性も?」

「そうじゃな…一度刻まれ、型がついた記憶は…何かのはずみで表出するもの。それが良いものでも悪いものでもな」

「だとしたら、オレが毎晩見るあの夢…ものすごくリアルなんですよ、サクラ先生。まるで本当にずっと一緒にいたみたいに」

「私も、おぬしの話を聞いていて、何か…思い出しそうな気がしておる。そして他の誰もが知っている娘ではなかろうかと…。もしかしたらこの世界は、本来あるべき姿とは異なっておるのでは…と、思えてならん…」


「あたる君、最近何だか元気無いわね」

下校時、並んで歩くしのぶ。彼女もまた、あたるの様子からだけでなく、今ある“状況”に、妙な違和感を覚えていたのだが…それが何なのか、彼女にもわからなかった。

しのぶの質問をわざと無視したのか、あたるは別の話題でその場を取り繕った。

「そういやもうすぐ冬休みだよな。初詣一緒に行くだろ?」

「…うん。あたる君?」

「ん?何だよ?」

「さっき聞いたわよね?最近元気無いみたいだ、って…」

「何を根拠にそんな心配を…オレはいつもと変わらんぞ」

「それならいいけど…」

あたるの方からそれとなく、しのぶの手に手を伸ばした。軽く握る。しのぶもまた、そっと握り返してきた。

途中で分かれて自宅に着いたあたる。掌の感触を思い出してみる。

(やっぱり何か…違うんだよなぁ…何なんだ?)

部屋に入ると…やはり何か違う。

(そういや、見覚えのあるような無いようなものが…あったっけ)

誰が編んでくれたのかわからない、手編みのセーターやマフラー。机の引き出しにも、誰からもらったのか憶えていない物がいくつかあった。

「これは、一体…」

手にしたのは、円錐形のコマに似た形の、小さな石のようなものがふたつ。それに関して、確かに彼は何かを憶えていた。しかしはっきりとは思い出せない。“絶対忘れてはいけない”何かは、この小さなものの中に、全て凝縮されているはずだというのに。


「ダーリン」

あたるはぎくっ、としてテレビを振り返った。画面を見ると、昔の外国製テレビドラマの一場面だった。主人公の女性が、ダンナをそう呼んでいるのだ。

「…何だ、脅かしやがって…」

何かが頭の端やらノドの奥やらに引っかかった感じがして、すっきりしない。まんじりともしないまま、床に就くあたる。そしてまた、夢を見た。

“ダーリン、ウチの事、好き?”

それに対してつれない態度をとる自分がいた。

その彼女の手に、手を伸ばしてみる。きゅっ、と握る。と、彼女もまた握り返してくる。ああ、この感じだ…と、あたるは思った。

“ダーリン、大好きっ”

彼女が腕に腕を絡めてくる。そして場面が暗転すると、一糸纏わぬ姿の彼女が、目の前にいた。確かに…彼女を抱いた事があった。夢の中で、あたるははっきりそう思っていた。

“ああっ、ダーリン…ダーリンッ!!”

彼女の“その時”の声が、木霊のように頭に響いた。残響が尾を引く。

「うわっ!!…やべっ…夢で何をやっとるんだ、オレは…」

まだ暗い中、あたるは掛け布団を払いのけて飛び起きた。そして寝小便ならぬもので汚れた下着を着替え、また布団に入る。

(夢だとゆーのに、なんちゅーリアルな…)

その晩見た夢で、あたるは確信しつつあった。“確かに彼女を知っている”のだと。それならば何故、はっきり思い出せないのか?何故、肝心の本人が今、自分の傍にいないのだろうか?

“喪失”した何かは、徐々にではあったが、五感の記憶とともに、蘇りつつあった。

そして再び保健室にて。

「集団での記憶喪失…か。全く有り得ん、とは断言出来んが、問題は、誰が何のためにそうしたか、じゃ」

「それはオレも思い出そうとしてるんだけどさ…」

「問題点に一番近いおぬしが思い出せんようでは、糸口のつかみようが無いのぉ…」


クリスマスの夜、しのぶと繁華街を歩くあたる。

「いや〜やっぱクリスマスはこうじゃないとな」

「ねぇ、あたる君。やっぱり何か…」

「何だよ、この間っから。変だぞ、しのぶ」

「変なのは、あたる君の方よ。気が付いているんじゃない?本当は…何か違うって事に」

「違うって…何が?」

「こうやって一緒にいる相手がよ。あたしも何だか…違うような気がしてたの、ずっと」

繁華街を抜けると、途端に人通りが少なくなった。灰色の空から、チラホラと雪が舞い降りてきた。

「あら、雪…随分早いわね、今年は…」

「雪…か」

ふたりして、どんより曇った空を見上げる。しのぶがあたるの横顔を見ると…何故か今にも泣き出しそうな顔付きに見えた。

「…あたる君、ごめん…あたし先に帰るわね。それじゃあまた来年…」

「…ああ…」 空を見上げたまま、生返事をするあたる。

髪をまとめて変装した“彼女”が飛びかけた時に、それを引き止めた。その後、手を繋いで、並んで歩いた。

「そんな事も、あったんだったな…」

誰もいない空間に向かって手を伸ばし、“あの時”の様子を、ひとり再現してみる。無いはずの手を、掴んでみる。

すると…今までどんなに思い出そうとしても出てこなかった“彼女”の名前が、彼の口を突いて出て来た。

「…ラム…」


「ダーリン、感想はどうだっちゃ?“もしもあの時、ツノを落としてなかったら”っていう設定でシミュレーションしてみたっちゃ」

「…何というか…出そうで出ないというのは…消化不良か、もしくは…アレのような…」

「アレって…またエッチな事、考えたでしょ?ダーリン。で、ダーリンはウチの名前を思い出して、その後、どうするつもりだったっちゃ?」

「うーむ、どうしたかな…お前は、もしそうなってたらどうした?」

「そういう結果にならなかったから、そんなの考えた事も無いっちゃ。でも」

「でも?」

「ウチもちゃーんと、どこかで思い出してるはずだっちゃ。そして」

「そして?」

「“記憶回復装置”で、皆、元に戻せばいいっちゃ」

「そんなものがあったのか!?」

「もちろんっ。いざっていう時のために、何でも用意してるっちゃ」

「…真剣になっとった自分がアホらしくなってきた…」

「だけど、そういうところで真剣になってくれたから…」

「ん?」

「記憶喪失になったって、きっとちゃんと、思い出してるっちゃ…お互いに」

「ん…そうだな…ラム…」

「でもウチの名前は忘れてたのに、夢の中ではちゃーんと、エッチな事してたでしょ…どうだったっちゃ?」

「んんっ…忘れた…」

「もうっ…あっ、ダーリンッ…あっ、ああんっ…」

「あんなっ…シミュレーションは…もう、たくさんじゃっ…くっ…」

ラムの背中に顔を擦りつけ、臀部を掴み、あたるはラムのバックからインサートした。

「んくっ…ダーリンッ…!」

ラムはあたるが入ってくると、シーツに顔を埋もれさせ手でそれをしわくちゃに乱した。あたるの手が、たっぷり厚みのあるラムの臀部に、痛いほど指を食い込ませてくる。

「ああっ…ダーリン、力入れ過ぎっ…っちゃ…!!」

あたるの激しい送り込みに、身を任せるラム。肉棒が深部まで届き、子宮口がほころぶ。互いに繋がり合い、ねぶられ合い、しごかれ合う。いやらしい接合音が背後から、ラムの耳に微かに聞こえてくる。

「ああんっっ!ダーーリンッッ!!…ああんっ!…んくっっ!!」

「…ラム…ッ…!」

ラムは少しでも悶えの声を堪えようと、ギリギリとシーツを噛み締める。

「んふっ…んっんっんっ…んあっ…!ダーリンッ…!ウチッ…もうっ、だめぇ…っ!」

パパパパッ…パリパリパリッッ…バチバチバチッ!

「だめぇーーーーっ!!」

バチバチバチバチーーッッ!!

「ぬおぉおぉおーーーーーっっ!!!」

感電し、ラムの背にバッタリ倒れこむ、あたる。

「…オレがいくらか電撃に、慣れてきた、っつってもなぁ…お前は相変わらず…」

「だって、しょうがないっちゃ…でも、ごめんちゃ、ダーリン」

「消化不良、もとい…出るものが出損なってしまったわ」

「それじゃあ、ウチが責任持って、スッキリさせてあげるっちゃ♪」

ということで、試合続行。


「パラレル・ワールドはいくつでも存在するけど」

ラムは、あたるの頭に頭をぴったりくっつけて、布団の中でこそこそと話しを続ける。

「やっぱり今いるこの世界が、ウチは一番、好きだっちゃ。ダーリンは?」

その問いかけに、あたるは黙ってラムの頭を撫でてやるだけだ。

“もしあの時ツノを落とさずに”いたとして、本当に“記憶喪失装置”があの時作動していたら、どういう現在(いま)になっていたのか…。それでもやっぱり、今の生活に戻って来られるような気がしていた。

今、この手で、肌で、触れているものが現実である事が、何よりの証拠なのだから。

--- E N D ---

あとがき


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