いつかどこかで


「それじゃダーリン、おやすみ、だっちゃ…」

ラムはあたるの部屋の押入れに入り、ふすまをスーッと閉じた。
そしてそれを追うように、閉じられたふすまを再び開く、あたる。
もうそこには、ラムの姿も、彼女の残り香も、無かった。
そしてあたるも押入れに入り、ふすまを閉じた。

夜の暗闇で満たされた部屋には、もう、誰もいない。


朝になり、いつものように家を出るあたる。
教室の入り口で一呼吸おくと、扉をガラリと開けて、中に入った。
すると、それまで騒がしかった生徒達のおしゃべりが、途端に止んだ。
あたるは、そんな様子など気にも留めていないような態度で、席に着く。

始業の鐘が鳴った。いつものように授業が始まる。
ただ、ひとつだけ、座る主のいない席があった。
諸星あたるの隣の机が、ぽつりと空いていた。
そして誰も座る事の無いまま、1日が終わった。
翌日も、そのまた翌日も。


夜になった。また押入れを開けて中に入り、ふすまを閉めるあたる。
中は真の闇だ。人ひとり横になっただけで一杯の、その狭い中で、壁伝いに手を当てて、何かを探し当てようとしている。

「あ…あった…」

安堵したようにそう呟く。そして…押入れの中には、闇だけが残った。

上も下も無い空間。前に進んでいるのか、もしかしたら後退しているのかすら、わからない。足が地面に着いているわけでもない。
わずかな明かりも無い、そんな空間を、あたるは手探りで移動していた。
時々泳ぐように、時々匍匐(ほふく)前進するように、時々地面とおぼしき平面に足が着くと走りだし、ただひたすら、移動した。

ようやく出口らしき、光の点が見えた。次第に大きく広がる、円形の光。
身の丈が収まるほどの大きさになるまで近付くと、やはりそこは出口だった。
圧迫感を感じるほどのまぶしい光が、あたるに降り注ぐ。
思わず顔に腕を当てて、小さくうなる。そうして恐る恐る腕を上げて、周りの様子を目を細めて確かめる。
目が慣れると、途端にこぼれる笑み。

「やっぱり…こんなとこに、いたのか…」

あたるが足を着けている場所は、ガラスのように透明だが、冷たくない床。
床の下には緑の草がびっしり生えていた。手で光を遮りながら上を見ると、ドーム型の天井。白銀灯のように真っ白で強烈な人工の明かりが一面覆っていた。

これといって他に何も無い空間。その中央には、横たわるラムの姿があった。


事の始まりはこうだった。少し前の時間に遡る。

いつもの学校で、町で。可愛いかったり、きれいな女性と見れば、すぐに声をかけてばかりのあたる。それを追って電撃を放つラム。
上手い事よけていたと思えば、不意打ちで感電させられ、焦がされる。

「ダーリンッ!いい加減にするっちゃ!皆嫌がってるのに何でそんなに女ばっかり追っかけ回すっちゃ!」

「電撃が恐くてガールハントが出来るかっ!」

「ウチというものがありながらーーーっ!天誅だっちゃ!!」

ふたりが通った後は、惨憺たる有様。それはいつもの見慣れた光景のはずだった。

そしてある日の学校で。

教室内は相変わらず騒々しかった。女子に声をかけまくり、それにラムが怒り、面堂が刀を振り回す。親衛隊たちがプロレス技を繰り出し加勢する。

「ウチら夫婦じゃなかったのけ!?どーしていっつも、妻であるウチの前で、女にちょっかい出してばっかりいるっちゃ!ダーリンのバカッ!!」

「誰が夫婦じゃっ!誰がっ!!」

「そんな事言うんならぁ〜〜っ!ウチももう、ガマンの限界だっちゃ!」

そして大胆にも、皆が見ている前で制服のスカーフを外し、かき上げた髪をそれで結んだ。襟元に手をかけ、外側に向けて軽く引っ張る。
ラムの首筋と鎖骨、そして胸の谷間がチラリと見えそうなあたりまでが、露になった。ごくりと唾を飲み込み、その様子を凝視する男子たち。

「これっ!この赤いのっ!誰が付けたと思って…」

さすがにこれには、あたる、思い切り焦った。慌ててラムの口を押さえ、襟を元に戻そうとする。

「ちょっ、バカッ!何やってんだっ、ラムッ!!」

「ん〜ん〜ん〜っ!…だからダーリンがっ…むぐっ…」

「ラムのアホッ!んな事わざわざ…」

「諸星〜〜…」 面堂がうなる。

「あ〜た〜る〜〜」 そしてメガネも。

にじり寄る男子たちに、たじろぐあたる。面堂の刀の切っ先が鼻先で閃くと、後頭部からだらだらと汗が流れ、学ランの下のシャツがじっとりと湿ってきた。

「どういう事か〜説明してもらおうか〜〜も〜ろ〜ぼ〜し〜〜〜」

目を血走らせる面堂。もはやいつ刀を振り下ろしてきてもおかしくなかった。すらりと伸びた刃を両手のひらで受け止めるため、あたるはつい、ラムの口から手を離してしまった。
が、予想とは裏腹に、黙ったまま全身を青白く光らせ、バチバチと音を立て始めたラム。
その彼女の表情は激しい怒りに満ちていたが、瞬きもせずあたるをじっと見つめるその目は、なぜか暗い色をしていた。

暗い影を宿した、ラムの瞳。体の青白さがどんどん増していく。バチバチと飛び交うスパークは、やがてノイズのように見えてきた。
ラムの体を、幾本ものノイズが横切る。やがて薄っすらと、テレビが終わった後の画面、あの砂嵐のようなモノクロのフィルターが彼女の全身に重なった。
重なった、というよりも、彼女の体自体がまるでテレビ画像の乱れのようになって、次第に薄くなっていった。

生徒たちには何が起きているのかわからない。
あたるは面堂の刀を押しやりながら、ラムの方を振り返った。

「あっ…ラムッ!」

電波が弱くなって映像を受信しきれなくなったテレビのモニタ。皆が目にしていたのは、それに似ていたかもしれない。
不規則な明滅を繰り返し薄くなる、ノイズで出来たラム。そしてついに、彼女の体は、背後の壁が透けてみえるほどになった。

「ラムッ!!」

そして間も無く、ラムのいた場所に、彼女はいなくなった。消え去り際、暗い瞳のまま悲しげに軽く微笑み、数回手を振った。口元が動いて何かを言ったようだが、雑音に遮られて、あたるの耳にはついに聞こえなかった。

「あ…」

崩れるようにしてその場に座り込むあたる。クラスの生徒たちは今目にした出来事が何だったのかすらわからぬまま、誰も動かず、誰も言葉を発する者は無かった。

そして翌日。

何食わぬ顔をして教室に入ってきたあたるを怪訝そうに見つめる視線だけが、あった。
それでも彼は、何も言わない。昨日の出来事は何だったのか。ついにその口からそれに関する説明がなされる事は無かった。
そしてクラスの誰もが、ラムについて口にしようとはしなかった。彼女が座っていたはずの席が、確かにこの教室内にあるにも関わらず。

教室内でラムが消えた当日の夜。あたるの部屋に、ラムはいた。

「そろそろウチ、行かなくっちゃ…」

「まだ平気だろ?まだ大丈夫だろ?な?ラム」

「ダーリン、可笑しいっちゃ。いっつも他の女追いかけてばっかりなのに」

「それは…」

「結局一度だって、夫婦だって認めなかったし、それに…」

口ごもるあたるの唇に、軽く唇を合わせてすぐさま離れると、続けて言った。

「これ以上ダーリンに触れてたら、行けなくなるから…でもウチはずっとずっと、ダーリンの事、愛してるっちゃ…」

ラムの要望で、今夜は静かに部屋で時を過ごしたふたり。無言のまま、時間だけが過ぎていった。
そして、今の会話を交わすのがやっとだった。あたるはさっきから何度も、何かを言い出そうとしていたが、「あ…」とか「う…」とか、そこまで出しかけては止まってしまう事を繰り返していた。

「もう時間だっちゃ、行かなくちゃ…」

思いを断ち切るように、立ち上がるラム。押入れ側に向くと、あたるを振り返ってこう言った。

「ウチの事、好き?…ふふっ、聞いても無駄だっちゃね、絶対それだけは言ってくれないんだもん。ダーリンの意地っ張り」

ちょっと悲しそうなさびしそうな笑みを浮かべて、意地悪っぽくそう言ってみせた。

「それじゃダーリン、おやすみ、だっちゃ…」

ラムはあたるの部屋の押入れに入り、ふすまをスーッと閉じた。

「ラムッ!!」

彼女の後を追ってふすまを開けるが、既にラムはそこにはいなかった。
あたるは、残っていないはずのラムの匂いを感じたくて、押入れにこもり、ふすまを閉めた。
壁に触れてみる。しばらく前までラムはいつもこの中で眠っていた。手のひらで壁をなでていく。と、不思議な手触りの部分があった。

遠く離れた空間同士の近道、“ワームホール”の、そこが、入り口だった。

その晩からあたるは、そこを通って、ラムを探した。出口は常に微妙にずれを起こしているのか、“ワームホール”を抜け出るたびに目にするのは、違う景色。
ラムを見つけられる日もあれば、見つからずに肩を落として元来た道を戻る日もあった。

毎晩もぬけの殻になる、諸星家の2階、押入れのあるあたるの部屋。そんな事をしているとは、誰も知る由も無かった。


そして今現在に戻る。
これといって他に何も無い空間。その中央には、横たわるラムの姿があった。

あたるがすぐそばに歩み寄ると、静かな寝息をたてて、眠っている。
床は一見硬そうだが、わずかな弾力性と絹のような滑らかさをもった材質で出来ており、ラムの体は床にぴったりフィットしていた。
そしてあたる、まるでいつもそうしているかのように、ラムを目の前にして、着衣を脱ぎ始めた。
そして眠っているはずの彼女の着衣も、静かに外した。

髪をなでて、頬をさすり、手のひら全体をラムの肌に密着させつつ、ゆっくり、慈しむように、なでていく。
全身を、くまなく。
そしてあたるは、ラムとカラダを合わせ、眠ったままの彼女に唇を重ねた。手指で彼女の乳房を、そして秘所を、まさぐる。
眠っているはずのラムの秘所が、少しずつ潤ってきた。あたるの指先に絡みつく、ラムの愛液。
そしてあたるは、ラムと繋がった。

繋がりつつ、揺すりつつ、ラムの耳元で何かを囁く。
それでも彼女は眠ったままだ。
ただ時々、ラムの唇がわずかに動いて、息を漏らすのだ。かすかに声を発する事もあった。
あたるはラムを揺すりながら、眠り続ける彼女に向かって、こう言う。

「何度もこうしとるのに、何で、ここにいるんだ?何で、目を覚ましてくれんのだ…」

そうして、ラムのナカで達すると、秘部を繋げたまま、また彼女を揺する。時々強く。そしてまた達する。
しかしラムの様子は変わらない。

「何でこうなったんだ?何でそばにおらんのだ。オレたち…夫婦、だろ?なぁ、ラム…」

そう言いながら、あたるは静かに泣いていた。


ある晩、いつものように押入れに入り、壁を手で探るあたる。“ワームホール”の入り口は目で見る事が出来なかった。そしていつも同じ箇所に入り口があるとは限らなかったので、手で壁を触って見つけていた。

ところがその晩は、何度壁をなでてみても、それらしき感触が無い。少し焦るあたる。もう一度隅々まで壁を探る。そして天井や床も触ってみる。が、見つからない。
焦りが募る。どうしても見つからない。押入れから飛び出して、部屋中を探してみるが、まるで見当もつかない。広いグラウンドでコンタクトレンズの一枚を探すようなものだった。

「どーして無いんじゃっ!どーして見つからんっ!!くそっ!!」

一晩中そうやって、あたるは目に見えない“入り口”を探し続けた。

翌日、もうろうとしながら学校へ行ったあたる。眠い目をこすりながら、別のクラスにいるランに、“入り口”の事を打ち明け、その見つけ方を聞いてみた。

「空間と空間を繋ぐトンネル…“ワームホール”の事ね。その入り口の見つけ方ねぇ…」

真剣な表情で答えを待つあたる。

「空間の歪みを見つけるだけなら、簡単よ」

「ランちゃん、本当っ!?それじゃ今すぐにでもっ!」

「今は無理よ〜。それ用のスコープ、家に置いてきてるもの」

「それじゃあ、今日帰ったらすぐっ!探してくれる?」

「でも必ずその歪みが、ラムちゃんのいる場所に繋がってるトンネルの入り口とは、限らないわよ。それでもいいの?」

「いいっ!それでもっ!何でもいいからっ!」

「ダーリンたら〜よっぽどラムちゃんの事〜うふふっ♪」

くすくす笑うランを前に、少し赤くなるあたる。そして学校が終わり、あたるの部屋にランがやってきた。
ランがレイと亜空間でデートをする時にいつも使っている、コンパクトなスコープ。彼女はそれであたるの部屋を隅々まで見渡した。

「変ねぇ、自然に出来たワームホールの入り口だからかしら〜…」

「どうしたの?ランちゃん」

「この部屋にはそれらしいのは無いわね〜…あら?」

「見つかった!?」

「違うわよ〜、やだ〜ダーリンたら〜…うふふっ、こ〜んな写真、飾っちゃって〜♪」

ランが見つけて笑っているのは、あたるの机上にあるフォトフレームの事だった。

「わっ…それは…」

「ダーリンたら〜可愛いところあるんだから〜♪」

結局あたるの部屋にも、諸星家の中やその近辺にも、それらしい“歪み”は見つからなかった。

「ごめんなさ〜い、お役に立てなくって〜。でもぉ、そのうちきっとまた見つかるわよ〜。それじゃあアタシ帰るわね。それと」

「え?」

「元気にガールハントしてないと、らしくない、っていうか〜…これはアタシが勝手に思った事だけど」

ランはあたるにスコープを手渡しながら、話を続けた。

「ラムちゃんいっつも怒ってばっかりだったけど〜、もしかしたらそんなところも含めて、ダーリンの事、好きだったんじゃないかしら?ラムちゃんがラムちゃんらしかったのって、それもあると思うなぁ、ランちゃんは。それと、これの操作方法はさっき教えた通りだから。元気出して頑張ってね〜♪」

ランを見送って部屋に戻ったあたる。イスに座り頬杖をついて、さっきランが見て笑っていた写真を眺めてみる。

「ランちゃんはああ言っておったが…ホントはどーなんだ?怒ってばっかだったが、実はそうなのか?…って聞いてみても、何も答えちゃくれんけどな…ラム…」

机上の1枚の写真。あさっての方角を向いたあたるの腕にしっかりしがみついて満面の笑みを浮かべているラムとのツーショット。ふたりだけで写っている数少ない写真の中の1枚を、ラムがいなくなってから探し出して置いてみたのだ。

ひとりの時間は長い。机上の写真を見ながら、そうやって話しかけてみる。決して返事をする事の無い彼女に向かって。

それから何度となく、あたるは空間の歪み、“ワームホール”の入り口を見つけようと試みたが、徒労に終わる日が続いた。そして時間は容赦無く、流れるように過ぎていった。

場所は変わって。3つの太陽が昇る星、ラムの生まれ故郷の鬼星にて。

「まだ眠ったまんまかいな…どこにも異常は見られんゆーのに、どーゆーわけや、ラム…」

鬼星のある場所に、隠れるようにしてある小さなUFOのカプセルベッドで、すやすやと眠り続けるラムの姿が、そこにあった。
毎日、彼女の様子を見に来ては、両親は時に涙を流し、溜息をつき続けていた。


また少し時間を戻して見てみよう。本当の事の始まりを。

地球での鬼ごっこで敗北した鬼星の大将であるラムの父親。負けたとはいえ、あわよくば、と内心思いつつ、ラムを地球に送り込んだのだったが、彼女は本気で鬼ごっこの相手だった諸星あたるに惚れてしまい、長く故郷を空ける事となった。
ところがしばらくして、ラムは原因不明の昏睡に陥った。眠っていても生体反応はしっかりしていたし、脳波にも異常は見られず、鬼星の医学の力をもってしても、彼女を眠りから覚ます方法が見つからない。

ある時彼女の思いを探るべく、思考を映像化する機器とラムとを、細い端子で繋いだ。ツノや頭皮、額や胸から伸びた数十本の細いコードが枕元のモニタに続いている。
スイッチを入れる。受像が始まった。最初ノイズだらけだったモニタに、あるビジョンが浮かび上がってきた。

細かなノイズに時々遮られながら、そこに映っているのは、諸星あたる、そして地球での生活の様子。断続的にさまざまな映像が交錯しつつ映し出されては、消えていく。
やがて、ラムの姿が現れ、モニタの中から両親に向かって話し始めた。

「ウチの本体は、しばらく起きられそうも無いから、その代わりに…」

ザザザ…受像が弱くなったり元に戻ったりを繰り返しつつ、少し経つと、どうにか落ち着いてきたようだ。

「ウチの立体映像を、ダーリンのところに送って欲しいっちゃ…一緒にいたいから…脳内から直接、ビジョンにして…」

「しかしな、ラム、ただの立体映像送信するだけなら簡単やけどな…脳内から直接変換して、っちゅうと…」

「ウチの体の事なら大丈夫…夢の中だけで、ダーリン見てる方が辛いから…それから…」

「しかしラム…」

「ウチの本体は、ここじゃない別の場所に移して欲しいっちゃ。そしてその事は絶対、ダーリンにも誰にも教えないで欲しいっちゃ」

「婿殿に直接来てもらった方が、ええんとちゃうのか?」

「ダーリンが…悲しんでる姿は、見たくないし…こんな姿のまま話したく無いっちゃ…どう?出来そう?父ちゃん」

「…ワシははっきり言うて、気は進まん。…出来ん事は無いが、お前の体が心配や。わかるな?ラム」

「ダーリンがウチの事、忘れる方がもっと嫌だっちゃ。その事もわかって欲しいっちゃ、父ちゃん、母ちゃん」

「…そやけど、ここから地球へ送るのは、かなりの大仕事や。どないするつもりや?」

「“ワームホール”を作って、そこから送出すればいいっちゃ」

「それはええけどな…しかし不測の事態、っちゅーもんも考えておかんと、リスク高いで…やっぱりやめといてんか、ラム」

「“パラドックス”の事け?それなら多分、心配無いっちゃ。父ちゃんが言ってる事もわかるけど…目が覚めた時、後悔したくないし。どうしてもこれだけは、お願いだっちゃ」

そうしてしばらくの間、モニタの中のラムと両親との、押し問答が続いた。

「ラムがそうまで決心固いなら…ただ、もし万が一の事があったら、そこで終いや。その後はどんなに頼まれても聞けん。お前の無茶な頼みを聞いてやれるのはこれ1回きりや。それでええな?」

「ありがとう、父ちゃん、母ちゃん…」

鬼星と地球を結ぶ“ワームホール”が人工的に作られた。そして自宅から別の場所に隠すように移されたラムの本体から、空間を繋ぐトンネルを通して、地球にラムの立体映像が送られた。
立体映像…といっても、脳内から直接変換されたそれは、生身の体とほとんど変わるところは無かった。

突然いなくなったラムが再び戻ってきて、あたるは態度にこそはっきり表さなかったが、ラム人形を置いていなくなり、また戻ってきた時のような、いや、それ以上の心持ちでいた。
そしてまた、以前と変わらぬ日常が繰り返された。電撃も本物と変わらないので、もちろん感電したし、焦がされもした。

そして生身と変わらぬ彼女を、何度も抱いた。まさか立体映像だとは疑う余地も無いほどに、ラムの体は温かくて柔らかかった。
あたるの愛撫、体を繋げ合って彼に突き上げられ、そうして果てる感覚は、全てラムの脳内に直接伝播され、眠っているにも関わらず、逐一本体に反映された。

夜はひとりで眠らせて欲しい、決して自分の本体に会いに来ないで欲しい、と両親に頼んでいたのはそんな理由があったからだった。

決して目を開ける事無く、カプセルベッドの中で、ラムは体を小さく震わせ、びくつかせ、時に息を漏らし、小さく声を発していた。
そして、秘所を濡らし、乳先を尖らせ、唇を震わせながら、眠り続けた。

しかしやがて。人工的に作られたワームホールが次第に歪み始め、時々閉じ始めた。また、脳内から直接ビジョンを送出していたラムの体への負担も蓄積していった。
そう、やがてあたるも気付いてしまった。今いる、今抱いているラムが、生身の彼女では無い事に。そして本当に彼女が消えてしまうのは、もはや時間の問題だった。

そして学校での出来事。そしてその日の夜のラムとの別れ。全て予測はしていた。
が、まだ閉じ切っていなかったワームホールを見つけたあたる、その出口の先で眠り続けるラムと出会った。
そのラムが本物かどうかは、わからなかった。触れてみても今までと何ら変わるところは無かったし、抱く事も出来た。

眠っていても、もしかしたら起きてくれるのじゃないか、と思って、あたるは最初に出会ったその時から、今までと同じようにラムを抱いていたのだ。

それでもラムは目覚めない。やはりこのラムも本体じゃないのか?それじゃあ本物のラムはどこにいるんだ?

少しずつ歪みを大きくしていくワームホールを抜け出るたびに、違う場所に出る。ラムがいる時もあれば、いない場所に出る事もあった。そして出会うたびに彼女を抱くのだが、やはり本物かどうかわからない。時々虚しささえ、覚えた。

ある日とうとう、ワームホールが閉じてしまった。しかし諦めきれずにランに相談したのだが、あれきり閉じたホールが見つかる事は、ついに無かった。


あれから数年が経った。あたるは数回、鬼星のラムの両親にコンタクトをとってみた。が、両親は頑としてラムの事を話さない。娘との大事な約束だからだ。
それに今ふたりを会わせたところで、何の解決にもならない事もわかっていての、両親の判断だった。

まだラムは眠っている。時々モニタを通して両親は娘と対話した。

「この間もまた、婿殿…いや、この言い方はそろそろやめといた方がええかな…が、ワシらに連絡とってきたが」

「そう…で、元気そうだったけ?ダーリンは」

「うむ、まぁ、そやなぁ…元気といえば元気かもしらんが。あの婿殿の事やからな。しかしあの男も諦めが悪いゆーか…しかし誰にとっても一番ええのは、お前が1日も早く目ぇ覚ます事やけどな…」

「それはわかってるっちゃ…そう、ダーリンが…」

何気に嬉しそうな笑みを浮かべてモニタ内のラムは消え、その日の対話は終わった。

地球にいるあたるは、まだ諦めていなかった。ラムの両親に聞いてみても手がかりはつかめない、ならば自分で“本物”のラムの居場所を探すしかない、と思っていた。
“本物”のラムを特定出来る何かをキャッチ出来ればいいのではないか。そう考えていた。

地球と別空間を繋ぐ“ワームホール”も考えてみた。が、100%確実と言い切れないのは、以前の経験からわかっていた。
ならばタイムマシンがあればどうか?ラムが持っていた簡易タイムマシンもあるにはあったが…もし過去か未来に行ってみたところで、それが解決の糸口になるのかどうかも怪しいものだった。

地球の様子も少しずつだが様変わりし、あたるの周囲にいた人間も、それぞれに違う道を進んでいた。面堂もしのぶも、親衛隊の面々も、竜之介やラン、弁天におユキ、そして、ラムの従兄弟のテンも。

テンも体は成長したが、昔の生意気さと過激さ、あたるに似た女好きな性格は、ほとんどそのままだった。そしてテンはまだ諸星家にいた。
昔ほどケンカをする事は無くなったが、たまにカチンとくるような事を平気で言う。そして売り言葉に買い言葉でケンカに発展すると、途端に口から火炎放射だ。

だがそんなケンカも、気鬱になりがちな気分を紛らわすための、ちょっとしたレクリエーション、だったのかもしれない。

テンはあまり故郷に帰る事が無かったから、体のサイズに合わせて新調した自家用UFOの通信機で、鬼星のラムの両親と時々連絡をとっていた。しかし両親は、テンにもラムの事は一切話さずにいた。一番あたるの身近にいる身内である。何かのはずみで情報が伝わらないとも限らない。

そんなある日の事だった。

「なぁ、あたる。ワイ、ちょっと思ったんやけどな」

「ジャリテン、何だ?改まって」

「もしかしたらラムちゃんなぁ…実家の方におるんやないかと…」

「何でそう思うんだ?だったらラムの両親は何でその事を教えてくれんのだ?」

「教えん、ってとこが、怪しいやろ?そう思わへんか?」

ジャリテン、たまにズバリと的を得た事を言う。やっぱりマセガキだな…と内心思いつつ話を続けた。

「それじゃあラムは星にずっといたって言うのか?オレが長い事、探してたというのに?」

「つまりホンマの“灯台もと真っ暗”…いや、“灯台もと暗し”っちゅー事や。…やっぱり相変わらずアホなまんまやなぁ、あたるは」

それだけ言うと、昔より大分マシになった飛び方で、あたるの部屋から出て行った。

「星にいるかもしれない、か…確かにそうかもしれんなぁ…」

本当にあたる、そこまで考えが及んでいなかったらしい。その部分だけが、すっぽり頭から抜け落ちていたようだ。

そしてその頃、あたるとテンの話題にのぼっていたラムの故郷では…。


カプセルベッドの透明な天蓋が静かに開いた。ラムのまぶたがぴくり、と動いた。
そうして手が動き、足が動き、わずかに全身を傾け寝返りをうった。

「ん…う、ん…」

しばらくまどろみ、まだ半分以上夢の中にいる様子の、ラム。

「ダー、リン…」

小さくそう呟くと、ゆっくり、まぶたを開いた。

「…ここ、は…?」

横たわったまま、頭だけを傾けて、周囲の様子をゆっくり確かめている。目に入ってくる光りがまぶしいようで、時々まぶたを閉じたり、また細く開いては、何度も辺りの様子を確かめる。

「ウチ…ずっと、眠って…いたのけ?」

すっかり寝たきりの体になってしまって、起き上がるには、しばらくの時間が必要だった。
やがて両親がやって来た。一瞬目を疑い、すぐさまラムを抱き締めて泣き崩れる両親。ラムはしばし頭がはっきりせず、ぼんやりした面持ちだったが、ふたりが喜んでくれて良かった…と、思っていた。

しかしどうして昏睡に陥ったのか、そして何がきっかけで目覚めたのか。肝心なのはその事だったが、目覚めた今は原因究明など後回しでよかった。両親にとっても本人にとっても。

それからしばらくは、今までいたUFOで、リハビリをしつつ、過ごした。眠ってから何年経ったのだろう、そして地球の皆はどうしただろう…そして、一番大事なあの人は、今どうしているのだろう。そんな事を毎日のように考えては、時を過ごした。

思ったより早く、体力は回復した。そして実家に戻ったラム、そこで自分が昏睡に陥った原因を知る事となった。思い出話のついでに、古いアルバムをマルチスクリーンに映して見ていた時の事だった。

「あれ?この映像…ウチ、泣いてるっちゃ。何でこんなとこ撮ったっちゃ?」

「ああ、これかいな。…うむ、何でだったかいな…お前、憶えとるか?」

「それならワタシ、よーっく憶えてます。何しろ母親ですからなぁ。この時ラム…ああ、眠りの原因、わかりましたわ!」

「原因?この時のウチに何があったっちゃ?」

「ラムはこんな小さい時やったから、憶えて無くて当たり前やわ。“眠り草”、別名“スリーピング・ビューティー”という毒草のトゲ、舌に刺さってしまったんやわ」

「“スリーピング・ビューティー”?ウチ、全然憶えて無いっちゃ」

「あれはえらい、ええ香りのするもんやから、うっかり口にするもんもおってなぁ…で、トゲに刺されると、何年か先に突然昏睡状態になるゆう話で、そしてその眠りから覚めるのも何年先になるか、体に回った毒の量で決まるそうですわ」

「それにしても…随分長い事、ウチ眠ってたっちゃ。そんなに毒の量が多かったのけ?」

「この時のトゲの大きさから見ても、こんなに長くなるわけ無いはずやけどなぁ…」

「そう言えば父ちゃんに、無理な事頼んで、ウチの立体映像、送ってもらってたっちゃね」

その間の事を、ラムはよく憶えていた。まるで昨日の出来事のように。眠っていた彼女にとっては“夢”という位置付けだったかもしれないが、確かにあれは、まごうかたなき“現実”でもあった。

「ありがとう、父ちゃん、母ちゃん。やっと眠りの理由がわかったっちゃ。それじゃあウチ、そろそろ…」

「何や、もう行くんかいな。もうちっとゆっくりしてからにしたらどうや?」

「待っててくれるかどうかわからないけど。ウチ、やっぱり…」


地球のあたるは、ラムが故郷にいるかもしれない、という事に気付いてから、2回ほど星にコンタクトをとってみた。が、どういうわけか、繋がらないままだった。実はその間、両親はラムの元で時間を過ごしていたからだった。

それなら直接行った方が手っ取り早いだろう、と思って、テンに頼んでみたのだが。

「むかーし、ラムちゃんの見合い壊しに行った時、お前に無理矢理乗られて、エンコしたやろ!今度のは新調したばっかりやし、他を当たってくれやっ!」

「ったく…相変わらず生意気なところは変わらんな、ジャリテン」

「何や?何が可笑しいんや?アホが何考えとるか、ワイにはさっぱりわから〜ん」

見合いを壊しに行った時のラムは、多分“本物”だったんだろう。そんな事を思ったら、懐かしさと可笑しさで、自然と笑いがこみ上げてきた。

「ワイ、ちょっと出かけてくるわ」

天気のいい休日、あたるも気分転換に出かける事にした。
そういえばラムがいなくなって以来、あまりガールハントをする事も無かったなぁ…でもランちゃんはああ言っていたし、やっぱり昔通り、女に声かけまくってる方がいいのかもなぁ…などと、空を仰ぎながら思っていた。

「いい天気だなぁ…せっかくだし、女の子をお茶にでも誘ってみるかなぁ…」

もう成人を過ぎた年になっていたから、声をかける対象も、もちろん20歳過ぎのきれいな女性のつもりだった。
にぎわう街へ出てみる。人ごみをかき分けながら、前へ進む。自分の好みに合うような女性がいないか、街全体を見渡してみた。

と、自分のいる場所から離れたところを、後姿のきれいな…というより、モロ好みの女性が歩いているのが見えた。
深々と帽子を被っているので、近くまで行かないと顔がわからんではないか…などと思いながら、その女性に近付いて行く。

「ねー、ちょっとそこのお嬢さ〜ん♪一緒にお茶でも、どう?」

声をかけつつ、後ろから、ポン、と肩を叩いて相手を振り向かせようとした。

「…え?」

あたる、思わずその手の感触を疑った。

「一緒にお茶?別にいいけど…」

「あ…」

「相変わらず、だっちゃね、ダーリン…」

くるりと振り向き、帽子を脱いだ女性はもちろん。

「ああ…こんなとこに…いたのか…」

「ただいまだっちゃ、ダーリン…」

「ラム…今度は…本当の、本物、か?」

会話の最中。ふたりの周りだけに、別の時間が流れ出した。

「さぁ、どうかなぁ…それとも、ひさびさに…試してみるっちゃ?」

「アホ…明るいうちから何を…」

「眠ってたウチを起こそうとして、頑張ってたでしょ?ふふっ♪」

「…何でそれを、憶えてるんじゃ…」

「ダーリンと話した最後の夜の後にね…」

すっかり涙目になっているあたるを前にして、ラムの話が続く。
ふたりの周りを別の時間が流れている。

「すっかり全部、装置を外したはずだったけど、ひとつだけ、ウチの体にコードがくっついてたっちゃ…映像送出用の」

「…で、オレが…トンネル抜けて…会ったラムが、そうだった、のか?」

「あっちのウチも眠ってたから、その辺ははっきり憶えてないけど、それ以外考えられないっちゃ」

「それじゃあ…ラムがいたあの場所は?」

「眠ってるウチのビジョンを送信するのはそんなに負担にならなかったはずだから、ついでにロケーションも変えてたんじゃないのかなぁ…」

「…アホが…何を、考えとるんじゃ…こっちはずっと、真剣になっとったというのに…」

「ねぇダーリン。ウチの事、ずっと…待っててくれたのけ?今まで、ずーっと?」

「…ん…まぁ、そうだな…いつか、どこかで、お前にまた会えるような気は、してたから…」

ふたりだけを囲む、別の時間、別の空間。周囲の喧騒を遮って、ふたりだけの時空間が作られていく。

「本当に、今度こそ…本物の、ラム、だよな?」

「あと何年か経って…ダーリンがパパになれたら、はっきりするかもしれないっちゃよ」

「は、はは…それまでははっきりせん、というわけか?…まぁ、どっちでも、いいけどな。お前がそう言うなら…」

「どっちでも、いいのけ?」

「ラムがそう言うなら、多分、間違い無いんだろ?今度は正真正銘の、本物だって事」

「さぁ、どっちかなぁ…それじゃあ早速…」

「今夜…試してみる、ってか?」

「ダーリンだって、明るいうちから、何言ってるっちゃ…」

広い宇宙の中に数多ある“閉じられた時空間”のうちのひとつは、この小さな地球の上に今新しく出来たばかりだ。
そうして、ふたりの歴史は、繰り返されていく。

「ただいま、ダーリン♪」

「おかえり…ラム」

--- E N D ---

あとがき


[ MENUに戻る ]