(番外編) 未来の思い出


鬼星で医師として勤めているある女性は、鬼星の人間にしては珍しく、緑がかった黒髪をしていた。頭には2本のツノ、そして先端が尖った耳の形をしており、犬歯も発達した鬼族の特徴を備えてはいたが、瞳は片方が濃い緑色、もう片方は茶色っぽい黒目という、こちらも鬼族にしては珍しい、いわゆるオッドアイだった。大きめだがきりっとしたつり目と広い額がいかにも利発そうに見える。

長めの髪は、何かの意匠を施し小さな青いターコイズと赤いコーラルをはめ込んだ銀色のバレッタでひとつにまとめている。長身で細身だが出るところはしっかり出ている、というプロポーションの良さ。だが彼女は特に洒落っ気を出すわけでもなく、虎縞柄のボディスーツの上に長い白衣を羽織り、小気味良い足音を響かせ、今日も病院内を闊歩していた。

病院内にある専用の個室は、壁も床も天井も真っ白だ。その中に白いデスクとイス。お茶を飲むカップもソーサーも白、書棚もその中にぎっしり詰まっている本も、全て、白。彼女はその中で、当直の日は仮眠を取る。真っ白いベッドに横になり、今日もまた…夢を見ていた。

乾いた赤い大地、そして抜けるように真っ青な空。遠くには赤茶けた山並みが見える。所々に緑が生い茂るその場所で、まだ幼い頃の彼女が、息を切らして走っていた。生成り色の土壁の家屋に飛び込む。と、そこには…既に、事切れた、母が眠っていた。

“やっぱり…間に合わなかった…夢で…見た通り…に、なっちゃった…何で?どうして?”

白い個室で仮眠を取る彼女の目から、涙が一筋、零れていた…。

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「何や、夢か…」

涙を拭いながらむっくり起き上がった彼女は、まだ若干ぼんやりしている寝起きの頭をはっきりさせるため、いつもより濃い目のコーヒーを淹れた。

「ん、ええ出来や…。そういえばあれから…おとんには…ほとんど会ってないなぁ。今頃どこの星、行っとるんやろ…」

母がいなくなってから、父に連れられて鬼星にやってきた彼女。実は彼女の父親は…鬼族だった。そして母親は、地球人だった。

「ラム様には前例が無い、言うたけど…。おとんは、おかんの事…ホンマに好きやったんかなぁ…」

先日のラムとの会話を思い出した彼女は、濃い目のコーヒーを口にしながら白い天井を見上げて、静かに呟いた。

「おかんがいた時は、てっきり父親なんぞいないもんやと思っとったけどな…。おとんが地球に商売しに来た時、ひと目惚れしたとか言うとったけども…ふふっ…ホンマかいな…」

父の風貌はどことなく、諸星あたるに似ているなぁ、と、彼女は思っていた。一見飄々(ひょうひょう)として、彼女を迎えに来た時も何の悪びれる様子も無かった父だったが、彼を見て“ああ、確かに私はこの人の子供なんだな”と、複雑な思いを抱いたものだ。

幼い時から地球人とは明らかに異なるツノや耳の形で苦労した彼女は、初対面の父を、子供心ながら少しだけ憎らしいと思った。その彼女が父に言った第一声は、というと。

“こんな妙なもんが付いてたせいで、どれだけ嫌な思いしたと思ってるの!?”だった。

それを聞いた父は、苦笑いをするだけだった。そんな彼の姿で彼女が忘れられないものがある。母の墓を見たい、と言い出した父を渋々連れて行くと、彼はそこで…長い時間、静かに佇んでいた。時々肩を小さく震わせていたその背中を…彼女は時々、思い出す。

「おとんはおとんなりに…おかんの事、思っててくれはったんかなぁ…。せやけど、あのラム様の婿殿と似とったからなぁ…もしかしたら…腹違いの兄弟が、どっかにおったりしてな…くくくっ…」

そんな遠い過去の出来事が、彼女の脳裏に走馬灯のように流れていった。

「おとんは鬼星の行商人やし、あないな性格やから、同じ場所にいてはるのが…好いた女の事も含めて、もしかしたら嫌やったんかもしれんなぁ…。そやけどおとんの頭ん中だけは、私にもようわからんわ…。私に会いにくる事も滅多無いしなぁ」

彼女は鬼星の大将の娘であるラムがレイと婚約破棄し、その後地球に行く事も、諸星あたるに惚れる事も、それ以前からわかっていた。何かとごたごた続きのラムとあたるとその周囲の連中の地球での様子も、興味本位もあったが、時々意識的に見る事があった。

彼女は、ラムとあたるのカップルを見て…地球人と鬼族の立場は逆だが、自分の両親の事を、思い出していたのだ。そして密かに、ふたりの姿に憧れのようなものも、抱いていた。

「何やかや言うても…婿殿はラム様の事となると…人が変わったようになるさかい。見ててホンマに…オモロイな、あのふたりは」

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彼女が予知夢を見たり、白昼、突然未来の光景が頭に浮かぶようになったのは、物心ついた頃からだった。ある日、母がこの世界からいなくなる夢を見た。急いで家に戻ったが、間に合わなかった…そんな、夢だった。

自分の意思とは関係なく、未来が見えてしまう。そんな能力に彼女は心底恐れおののいたし、悩み、苦しんだ。親しい人、身近な人の…良い未来も悪い未来も全て、見えてしまうからだ。

そして時々見ては涙する母の夢を思い出して、また独り言を呟いてみる。

「せやけど、あの夢だけは…もう、見たないなぁ…えらい疲れるよって…」

そんな彼女が鬼星に来て間も無く、医師の道を志すようになったのは…未来を変えたい、と思ったからだった。元々優秀だった彼女はやがて、鬼星の中でもずば抜けて優れた医師になった。…が、実際医療の現場に立ち、予知した未来を覆そうとあらゆる手を尽くしてみても…彼女の努力が叶う事は無かった。

緊張感と焦りばかりが募る日々が続いた。彼女の志したものは…今にも崩れそうになっていた。そして…それから間も無くして、彼女は気が付いた。1度見えた未来は変えられないのだという事に…。

ある時彼女が猛烈に怒る出来事があった。生い立ちや能力のせいで若干翳(かげ)のあるクールな雰囲気を持っていた彼女は、あまり他人と打ち解ける事も無く、笑いはともかく、怒りの感情を出す事など滅多に無かったのだが…。

原因は、後輩が何の気無しに口にした、ひと言だった。

「先輩はええですね。選ばれはった人、医師になるべくしてなった人、っちゅーか。うらやましいですわ」

途端に彼女の目の色が変わった。そして。

「こないな力、誰も望んどらんかったわっ!選ばれたっ!?はっ、それをしたのが神さんとか言うんやったら、私はそれを一生許さへんでっ!二度とそないな事口にしたら…どたまかち割って脳みそ標本にしたるから、そう思っとけっ!!」

あまりの剣幕に、それからしばらくの間、誰も彼女に近付く事は無かった。

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“自分が見てしまった未来は変えられない”、そう思うようになってしばらくしたある晩。彼女はまた、夢を見ていた。黒い空間にたくさんの扉がある。その中で…あの、ラムとあたるが、ウサギのコスチュームを身に着けて飛び回っていた。
ラムとあたるはいくつもの扉を開けて回っていた。しかし思ったような未来には、なかなか行き着けない様子だった。

やがてふたりは結婚がどうとか言いながら、ケンカを始めていた。

“扉ん中、見たとこ…無理っぽいなぁ…私にも、ラム様の望む未来は、見えんしなぁ…”

夢の中で、彼女はそんな事を思いながら、ふたりを俯瞰で眺めていた。

“あれ…ラム様の婿殿が…何や、ドア支えて頑張っとるなぁ…”

そう思った時、彼女の視界にドアの中の光景が、はっきり見えた。

“ああ、そういう事やったんか…”

夢の中で、彼女は思わずくすりと笑っていた。そして現実に戻ってきた彼女は、安心したような笑みを浮かべて、こう、ひとりごちた。

「未来はいくつもある、っちゅー事やったんか…今まで回避策立てても立てても、防げんかった未来もぎょーさんあったけど…」

そして彼女は、ある意匠をかたどった銀色のペンダントヘッドを懐から出すと、それを眺めながら、続けて言った。

「たくさんある中でようやっと見つけた、望んどった未来を支える努力も…必要、っちゅー事やな…」

彼女は心地良さげに笑いながら、母の形見のペンダントヘッドを再び懐にしまった。

「何や久々に、ええ夢見たなぁ。未来の予知みたいなもんやけど…ええ思い出、みたいな感じもするなぁ。せっかくの休みやし…たまには遠出するのもええな…例えば、地球、とかな…」

ふいに思い立って、自分が生まれ育った故郷に久々に行った彼女が、ラムとあたるに会う事は無かったが…地球から鬼星に帰ってきた彼女からは、以前のような翳や冷たそうな雰囲気はほとんど無くなっていた。

そして…それから数年後。

ラムが来る事がわかっていた彼女は、あのペンダントヘッドにバリアの細工を施し、それを手渡した。そしてラムが地球に帰るため鬼星を発った直後。

「絶対に、助かりますよって。もうじきあの扉ん中の光景もホンマになる事やし、何しろ…私のおかんが、守ってくれはるさかいに」

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星の病院にはさまざまな人たちがやってくる。鬼星の人間もいれば、異星人もいる。そしてまだ医師になりたての若い連中に向かって、彼女は喝を飛ばす。

「びびっとらんで、もっとせかんかいっ!助かるもんも助からんでっ!」

「せやけど、先生…」

「可能性はぎょーさんあるんやっ。それのイッコでも支えよ思う努力くらいせんかいっ!」

彼女はラムとあたるの“運命の扉”の夢で、何かが吹っ切れたのだろう。以前にも増して精力的に仕事をこなすようになった。

そして仕事がひと段落した後の白い個室で。

「あのおふたりのお子やったら…周りが騒がしゅうて、落ち着くしまなんぞ無いかもしらんなぁ。それはそれで…幸せ、っちゅーこっちゃな。私も何や、吹っ切れた感じ、するしな…。ホンマ、おおきにな…」

そして彼女は、今日も威勢のいい靴音を響かせ、病院内を忙しく駆け回っている。

--- E N D ---
あとがき


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