(例えば・13) 別離(わかれ)(前編)


あたるの実家を出て、小さなアパートで暮らしていた頃の出来事である。

高校時代から治らないあたるの浮気性。そして家計に無頓着な金銭感覚。女性に声をかけては小遣いを使い果たし、それでも一向にその無計画ぶりを治す様子も見られない。

それらの事が原因で口論する事も、アパートの外であたるに怒りの電撃をかます事も度々だったが、ふたりだけの時間を、昔と変わらぬ愛情表現で過ごす日も多かった。

ラムはあたると一緒にいられればそれで十分幸せだと思っていたし、つっけんどんな態度をとり人前では決して甘い顔をしないあたるも、実際はラムがいないと駄目になりそうな自分を知っていた。

“ラムはオレに惚れてるんだからな”

などと、高校時代からうそぶいていたものの、その頃から既に、“ラムがいないと駄目になりそうな自分”を、あたるはどこかで感じていた。

けれどもある日、ふたりの間に、ちょっとした事件が起きてしまった。


「ダ〜〜リンッ!ウチ、この目ではっきりっ!見たっちゃ!女とラヴ・ホテルに入ってくとこっ!!」

「オレがっ!?誰とっ!?」

「よくもよくもよくもーーーーっっ!!どこまでシラばっくれたら気が済むっちゃーーーっっ!!」

「誰かと見間違えただけだろっ!?オレは潔白じゃっ!!」

「あの背格好、顔、どーーー見たって、ダーリンに間違い無いっちゃ!ウチが買い物行くのに、近いルート飛んでたら…確かにっ!あれはダーリンだったっちゃっ!!」

「一体、いつの何時何分の話じゃっ!!オレは身に憶えが無い、っちゅーとろーがっ!!」

「昔っから浮気ばっかりしてたけど〜〜〜っ!今度ばっかりは、絶対にっ!許さないっちゃーーーっっ!!とにかくここじゃ電撃出せないからっ!表、出るっちゃ!!」

ラムは怒りで顔を真っ赤にし、仏頂面のあたるの胸ぐらを掴んで、表に引きずり出そうとした。するとあたるがその手を“パシッ!”と振り払った。

「オレの話もロクに聞かんと、いきなり電撃かっ!?だから何月何日の何時頃だったか、と聞いとるんじゃっ!!」

「今までどんなに浮気しても、しても、してもっ!絶対っ!そんな事しない、って…信じてたのにーーーっ!!」

「だからっ!オレの話をちゃんと聞かんかいっ!!」

「ウチの手、振り払って…ひどいっちゃ!一体、女とは、どこまでいったのけっ!?まさか…最後まで…」

「あーもー…まったく話にならんっ!…もう、勝手にしろっ!!」

「わかったっちゃ!ウチの勝手にするっちゃ!!ウチだって…浮気の1回や2回くらい…」

「おい…まさか…したのか?浮気を…」

「ウチがするわけ無いっちゃ!でもっ!ウチのこと好きだった同級生だってたくさんいたんだからっ!終太郎やメガネさんたちと、これから浮気してやるっちゃっ!!ダーリンがしてきたのと同じ事、ウチだって!!」

「くっ…ラムッ!!」

“パンッ!!”

思わず、ラムのかんしゃくに激昂したあたるの、平手が飛んだ。しかし…。

「あ…」

ラムの言葉に咄嗟にやってしまった事とはいえ、一瞬で我に返ったあたるの表情に、動揺の色が浮かんだ。

「ひどいっちゃっ!!ダーリンのバカーーッ!!!今までウチに手なんか上げた事無かったのに…ぶつなんて…あんまりだっちゃ!!!」

「…お前がかんしゃく起こして、ワケわからん事、ずーーーっと怒鳴ってるから、オレも…つい…」

“バシッ!!”

今度はラムからあたるに平手が飛んだ。あたるを“きっ”と見据えたまま、ラムは…泣いていた。涙をボロボロ零し、心底悔しそうな表情で、ラムはあたるの頬を思い切り、ぶった。
そしてぶたれた頬をさすりながら、あたるが神妙な面持ちで言った。

「…だから…悪かった…って…」

「先に手、上げといて、今更何言ってるっちゃ!!もうっ…もうっ!!ウチッ…!!…ダーリンなんか…ダーリンなんかーーーっ!!!」

ラムは泣きながら窓を開けて、あっという間に夜空高く、飛んで行ってしまった。そして後に残されたあたるは。

「…ラムの…バカが…」

そう呟きながら、思わず知らず上げてしまった右手をじっと見つめ、そしてぐっと握り締めた。

「…何やってんだ…オレ…」

ラムにぶたれた頬より、何故か…自分の右手の方がじんわり痛むような気が、あたるは、していた…。


「ダーリンの…ダーリンのーーーっ!!バカーーーーッッ!!!」

UFOの中で今だに怒っていたラムは、思い切り放電した。何度も何度も。

「もうっ!ダーリンとなんか…一緒にいられないっちゃ!!」

そしてラムはUFOの操縦パネルを乱暴に操作すると、猛スピードで地球圏外に飛び出した。行き着いた所は、海王星。お雪の宮殿の広いフロア中央には、古風な囲炉裏が火を絶やす事無く燃えている。全室空調で快適な室温なのだが、着物姿の古風ないでたちのお雪は、インテリアとして囲炉裏を部屋に設置していた。

ラムはイライラしながら、火箸で灰を突付きつつ、お雪に愚痴をこぼしていた。

「…で、ウチがどんなに聞いてもシラばっくれるばっかりで、絶対白状しないんだっちゃ!それに…ウチに手まで上げて…。もうダーリンの所に戻る気なんて、更々無いっちゃ!!」

「あら…そうだったの。突然訪ねて来るからどうしたのかと思ったら…旦那様とケンカしたのね」

「その“旦那様”って言うのも、やめて欲しいっちゃ!!」

「あのよぉ、ラム。あの諸星だぜ?確かに女好きなのはわかるけどよ、お前ちゃんと最後まで話聞いたのかよ?」

その場にたまたま居合わせた弁天。いつものあぐらをかいた格好で、ラムにそう聞いた。

「最後まで聞かなくたって、絶対っ!!そうだっちゃ!!」

「諸星の話もロクに聞かねーで、そう決め付けた上に…自分も浮気してやる、って言ったのも、どーかと思うぜ。冷たいよーだけどよ」

「弁天っ!今まで散々泣かされてきたウチの事より…ダーリン…の、肩持つのけっ!?…んも〜〜〜っっ!!」

「暖かいものでも食べて、今夜はゆっくりここで休むといいわ。少しは気持ちも落ち着くんじゃないかしら?」

お雪は相変わらず落ち着いた態度で、ラムにそう言った。そしてラムはその晩、お雪の所に泊まった。

翌日。起きてきたラムはお雪に礼を言うと、再びUFOに乗り込んで、故郷の鬼星に向かった。突然連絡も無しに、実家に帰ってきたラム。その表情に明るさや元気さは無かった。

迎えた両親は(きっと婿殿と何かあったんやろなぁ…)と思いつつも、それを口に出さずに普段通り振る舞い、疲れてお腹が空いているだろうラムに、暖かな料理とお茶を出してやった。そしてラムが食事を終えた後、娘の様子を心配しながらも、父親は仕事に出かけていった。

「ウチ、もう地球には帰らないっちゃ!」

「…やっぱり何ぞあったんかいな…婿殿と」

同じテーブルに着いていた母親が、ぼそりとそう言った。

「浮気した上に、ウチに手を上げたんだっちゃ!もう、ウチ、絶対っ!!帰らないんだからっ!!」

「確かに私かて、たま〜〜に“家出したるわっ!”なんて思た事もあったけどな。ま、ラムが落ち着くまで好きなだけここにおったらええわ」

「だからずーーーっと!ここにいるっちゃ!!」

「婿殿かて、きっと…ラムに手ぇ上げた事、後悔しとるのと違うやろか?」

「そんな殊勝なわけ、無いっちゃ!!」

「…ほなら、ラムはこれからどうするつもりや?」

「…どう、って…だからここにずっといるつもりだって…」

「そうもいきませんやろ。一人前の大人の女なんやし、ここにおっても何も変わらんて。1度じっくり婿殿と話合うのがええのと違うやろか?」

「………」

ラムはぶすっとした表情のまま、黙りこくってしまった。

(どーして皆して、ダーリン…と話し合いしてみろ、とか…そんな余計な事ばっかり言うっちゃ…まったくもうっ)


ラムが実家に戻ってから、数日が過ぎた。その頃あたるは。

「…ったく、ラムのやつ…一体どこの誰と見間違えた、っちゅーんじゃっ…こっちの話くらい、最後まで聞け、っちゅーの…」

休日のその日、あたるはそうぼやきながら、何する事も無く、部屋でごろごろしていた。家事の一切をラムに任せていたから、部屋は散らかり放題、コンビニで買ってきた弁当で夕飯を済ませていたので、ゴミも溜まりっぱなしだった。もちろん洗濯もアイロンかけもロクに出来ないから、ここ数日の服装は、だらしない事この上無し、であった。

会社の連中がそれを見れば、ラムがいない事など容易に想像がつく。前にもラムがUFOに家出した事があったが、同僚たちは、それを興味津々、トイレや給湯室等で噂話のネタにしていた。(*1)

隣席の同僚は家庭持ちだが、時々ケンカでもするらしく、顔にバンソウコウを貼ったり、青アザを作って出社してくる事もたまにあった。しかしあたるが彼の口からパートナーに関する愚痴を聞いた事は無かった。

ある日の昼休み。屋上で、コンビニ弁当を食べていたあたるの隣に、隣席の同僚がやって来て、腰を下ろした。携帯用灰皿とタバコを1本出すと、美味そうにそれを吸い出した。

「諸星はタバコ喫まないんだったよな?最近コンビニの弁当ばっかじゃんかよ。ラムさん、どーしたんだ?また風邪か?」

「…実家に帰っとる…」

「あ、そ。まぁ、何があったかは、聞かねーけどよ…。俺んとこもたまにやっちまうからなぁ。だからほれ、今日も目の周り、色が違うだろ?」

「…随分過激な奥さんだな…」

「まぁなぁ…ははは…。お互い強情、っつーか、ささいな事でケンカになっちまうと、女房のやつ、手近なもん投げてくるわ、ひどい時だと…拳が飛んでくる事も、あっかなぁ…はははっ」

「家出とかしないのかよ?奥さん」

「いや、ひとしきりケンカするとな…とりあえずこっちから頭下げる事にしてんだよ。女ってのは…ワケわかんねー理屈言う事多いからな。こっちが折れる方が収まりが早いんだよ。そーすると次の日にはもうご機嫌直ってんだよな」

「まぁ、そりゃそうだな…確かに…」

「俺、恋愛結婚でよ、最初にいいとこばっか見て一緒になるだろ?そんで実際一緒にずーっと暮らしてみると…今度は嫌なとこもあれこれ目についてくんだよな。恋愛結婚は一緒になったら点数マイナスしてく一方らしいけど、見合いの場合は点数プラスマイナス、どっちもあるんだとよ。どっちがいいんだかねぇ…。諸星は確か、ラムさんと付き合い長かったんだよな?ふたり暮らしになってみて、どーだ?お互い、嫌なとことか目についてきてたんじゃねーのか?…特にお前の場合、女癖悪いからなぁ…今まで一緒にいた、って事の方が、俺には意外、ってゆーか、不思議なんだけどな」

「…アイツはオレに惚れて、地球にずーーっといたからなぁ…。それに、まぁ…色々あったしな…色々」

「つまり、色々あったお陰で絆が深まった…って事か?それにしてもよ…いくらラムさんがお前に惚れてたからってな…お前、ラムさんに甘え過ぎ、だったんじゃねーのか?何しても許してもらえる、って腹が…あったのと違うのかよ?」

「(こいつも人の痛いとこ突いてくるよな…)…そりゃまぁ…言われてみれば…」

「だったらやっぱ、ここは潔くっ!すっぱり頭下げた方が…いいと思うぜ。今回の原因が何かは聞かないけどな、女癖の悪さでラムさん泣かしてたのは、事実だろ?」

(くっそー、どいつもこいつも言いたい放題言いやがって〜…そりゃ確かに…学生ん時から…だったからなぁ…。でもラムもそれを承知で……とばかり、思っとったが…うーむ…)

「今、社内じゃ、いい噂のネタになってるぜ?諸星とラムのさんの事。結局…女房なり、彼女なり、一緒にいないと…男ってのは、ダメって事なんかねぇ…いや、何かこう…悲しいよな、男ってのはよ」

隣の彼は、タバコを2本ほど吸い終わると、「そんじゃそろそろ昼休み終わるから、お前も早く席に戻れよ」と言って、その場を後にした。

「…男ってのは…悲しい生き物、なんかねぇ…。確かに女がいない世界、っちゅーのは、味気無い…いや、オレにとっちゃ砂漠同然…いや、それよりも……」

あたるは残りの弁当を一気にかき込むと、空を見上げて、ぼそっと言った。

「…それよりも…やっぱ…ラムが傍におらんと…なぁ…。このまんま帰って来んかったら…オレ…」

そしてゆっくり立ち上がり、昼休みの終わりを告げる音楽を聞きながら、ゆっくり歩きだし、また独り言。

「…下手したら、このまんま、干からびたりしてな…はは、ははははっ……はぁ〜〜…」

そしてあたるは、いつもの事ながら、終業時間までを、ぼけーーっとして、過ごした。


1週間、2週間などあっと言う間に過ぎてしまう。ラムは故郷の星で、気ままに過ごしていた。ただし、時々大きな溜息をついている姿を、両親は時々見かけていた。

父親が“気晴らしに”と、見合いを勧めてきたのは、1ヶ月ほど経った頃だった。もちろんラムはまったく乗り気では無かった。しかし毎日変わらぬ日々を送っていても、地球の事を思い出すばかりだったし、丸1日部屋でごろごろして過ごす事も多くなっていた。

父親としては、それを見かねての、見合いの勧めだった。もちろんただの気晴らしではなく、いい相手がいれば、即婚約、という腹づもりもあったのだが。

「ちっとは体動かすとか、にぎやかな場所に顔出してみるんも、刺激になってええど?どや、形だけでも見合いしてみんか?ラム」

「何で今更…もう、男なんて懲り懲りだっちゃ!ウチはこれから独りで生きてくんだからっ!」

「何もそう肩肘張らんと。ラム、最近お前、家にいること多いやないか。人と話せば刺激にもなるんやし、どや、ちょっとしたパーティーやと思て、出てみんか?」

「…で、結局、父ちゃんが勝手に、結婚相手決めるんでしょ?そうじゃないのけ?」

「お前の幸せ願えばこそ、やないかっ。これから独りで生きてく、っちゅーてもな、何して、どーやって生活してくつもりや?何を置いても、娘の幸せ願わん親はおらんで?結婚するんが一番や。お前大事にしてくれる男とな」

「むぅっ…男なんてっ、ぜーんぶっ、同じだっちゃ!浮気したり、ウソついたり、勝手な事ばっかりしてっ!!」

「ちょっとアナタ…」

「何や?」

母親が、別室に父親を呼び付けて、ラムの事を話し始めた。

「ラム、ああは言ってますけどな、まだ婿殿の事嫌いになったわけや無いんやし…」

「そやったら、何で地球に帰らんのや?」

「どうして男の人いうんは、そうなんですか。少しはラムの気持ちもわかってあげんと…。まだ婿殿を思うて、しょっちゅう溜息ついてますやろ?そうすぐに気持ち切り替わるもんでもあらしまへんし、今見合い勧めるんは、逆効果ですわ」

「そういうもんなんかいな?」

「きっと婿殿も…ずっとラムの事思てるはずですわ。それを見合いで無理矢理まとめよ、思ても、上手くいきっこあらしまへんで?」

「お前が言うならそうかもしらんけどな…元気無いラム見とるのは、ワシかて辛いんやで?お前かてそやろ?」

「それはまぁ、そうですけどな。とにかく、時間が上手い事解決してくれるんを…待つしか無いですわ。アナタももうちっと、ラムを静かに見守ってやったらどうですか?」

両親のそんな会話など知る由も無いラム。ベッドでごろごろしながら、地球の…あたるの事を、思い出していた。思い出すつもりなど無くても、つい、思い出してしまうのだ。

(…ウチはここでずーっと独りで生きるんだから…ダーリン…は、ダーリンで…他の女と一緒になったら、いいっちゃ…)
「…んもーーっ!思い出したく無いのに、思い出してばっかりだっちゃ!それにそろそろ…ダーリン…って呼び方…やめとこうかなぁ…」

あたるに心を残しつつも、無理矢理心を離そうとするラム。
そしてその頃、地球のあたるの様子は、というと…。

「…もうラムのやつ、戻って来んかもしれんなぁ…。結局話す機会なんぞ無かったしな…。まぁ話す、たって…昔の2度目の鬼ごっこの前みたいに、意地張ってケンカになるのがオチだろーしなぁ…ははは…は……ラム…」

1ヶ月の間に、あたるの元には、元クラスメートたちから、あれこれ忠告やら怒りの電話がかかってきていた。もちろん面堂やメガネなどは「お前が悪いっ!絶対っ!100%っ!!」と、数回に亘って文句を言ってくる有様だった。

「皆して、うるさいっちゃねーんだよな…。余計なお世話だ、っちゅーんじゃっ…」

休日の夕方、冬の日暮れは早い。その時、あたるの元に1本の電話がかかってきた。

「またどーせ、余計なお節介焼きどもからの電話だろ…。しょーがねーなぁ…」

『もしもし?あたる君?』

「あ…しのぶ…か。急にどうしたんだ?」

『他の皆から、ラムとの事は色々聞いてるわ。あたしで良かったら、話、聞くけど。…どうする?あたる君』

「そっか、色々と、ね…」

『電話じゃ何だから、外で話せないかしら?あたし、少しだけなら時間取れるし』

「そっか…悪いな、しのぶ。それじゃ、あの公園で、どーだ?」

『うん、わかった。それじゃあ、後でね』

あたるは厚手のコートを着込むと、昔よくラムやしのぶと待ち合わせた公園に出かけていった。今日は珍しくしのぶより先に来て、彼女を待っていた。
少しすると、コートやマフラー、手袋で、しっかり防寒したしのぶが、やって来た。

「ごめんなさいね、急に呼び出したりして」

「いや、別に…。それより因幡は?」

「今日は残業で遅くなるって。だから少しだけ、あたる君と話してみようかと思って」

「また他の連中みたいに、説教するんじゃないだろーな?」

「そんな事無いわよ。ところでラムとは…全然連絡取って無いの?」

「…そんな雰囲気じゃないしな。星に帰ったまんま、ずっと音沙汰無し、だしな」

「あたる君からは、連絡…しないの?色々方法くらいあるでしょう?」

「…んな事したとこで…結局意地張り合って、ケンカして終わるのが、オチだ、っちゅーの…」

「少しは素直になったらどうなのよ?」

「やっぱしのぶも、他のやつらと同じよーな事、言うんだな」

「だって…ラムも意地っ張りだけど、あたる君だってもう少し素直になってれば、丸く収まる方法だっていくらでもあるでしょう?昔っから、ラムに対してだけは、意地張ってばっかりで…そうかと思うと、いつの間にか元通りになってるんですもの。結局周りのあたしたちが心配しても、するだけ無駄、って事よね」

「心配してたのか?オレたちの事…」

「そりゃもう。他の人たちがどういう風に見てたかは知らないけど…そうだったんじゃないかしら?」

「面堂たちはてっきり喜んどるとばっかり、思ってたけどなぁ」

「確かにね。ラムとあたる君が別れる、別れないで、ごたごたしてた時の面堂さんなんかは、そうだったかもしれないわね」

「しのぶは何が心配だったんだよ?」

「ラムが地球に来てから、あたしとあたる君の間にも色々あったけど…何て言うのかなぁ…あたる君の気持ちが段々ラムの方に行ってる、ってわかった頃から、ふたりが別れたら別れたで、面倒な事が増えたり、とか…皆にとって大事なものが、消えちゃうような…そんな気が、してたのよね…今だから言うけど」

「…ふーん……なぁ、しのぶ…」

「何よ?あたる君」

「…キス、しても、いいか?」

「なっ、何言い出すのよっ、いきなりっ」

あたるの突然の言葉に戸惑うしのぶ。その彼女に急接近したあたるは、しのぶの肩を掴むと、少しだけ体をかがめて、軽く唇を重ねた。…が、唇を合わせてから少しすると、あたるの方から顔を離した。

「…どうしちゃったのよ、あたる君…」

「…悪い…」

ふたりはすぐさま離れて、少し距離を置いた。

「お前、高校ん時も絶対キスさせてくれんかったからな」

「だからって急にああいう展開に持ってく事、無いでしょう?もうっ、信じられないっ」

「…ちっとは動揺せんのか?ドキドキしたとか…」

「そりゃ…ちょっとは、ね。でも今更何?あのくらの軽いキスじゃ…キスしたうちに入らないわよ」

「…女ってのは…あっさりしてる、っちゅーか、強い、っちゅーか…。一応オレ、お前の昔の男だぞ?」

「だから何よ?昔は昔、今は今、でしょ?…それに、あんなキスしかしてこなかった、って事は…」

「な、何だよ?」

「やっぱり…ラムに未練タラタラ…って事よね。あたる君、根は善人だから…本命以外とは、本気のキスとか出来ないんでしょ?」

「…うっ…な、何を根拠に、んな事を…」

「誤解解くより先に、素直に謝っちゃった方が、手っ取り早いんじゃないかしら?多分ラムも…それを待ってると思うし」

「結局そういう話になるのかよ…」

「でも、さっきのキス…ちょーっとだけ、嬉しかったかな…。最初で、最後の…キスになるけど」

「そ、そうか?」

「小学生くらいからの幼なじみで、随分長い事付き合ってきたけど…。実はね、ラムから“いまわの際”の話、聞いちゃったのよね」

「…えっ…やっぱ、そうだったんか…」

「付き合った年月の長い短いよりも…正直あたし、その時思ったのよねぇ。“やっぱりラムにはかなわないなぁ”って」(*2)

「…何で?」

「だって“いまわの際に言ってやる”、よ?死ぬ間際に本音を言うって事がどれだけ重い事か、ちゃーんと考えてたんでしょうねぇ?…もしかして行き当たりばったり、だったりして…。あたる君なら、十分有り得るけど…ふふっ…」

それを聞いたあたるは、しばらく夜空を見上げて、何かを考えている様子だった。そしてふいにしのぶに顔を向けて、言った。

「しのぶ、寒いとこ悪かったな。因幡、いいやつなんだろ?仲良くやれよ」

「あたる君に心配されるような事は一切ありませんから、ご心配無くっ。…それより、ラムの事…」

「ん、ああ…オレ、ちょっと独りで考えたいから…。暗いし寒いから、気を付けて帰れよ。そんじゃ…元気でな」

「あたる君も、元気でね…さよなら…」

しのぶは街灯が立ち並ぶ歩道をゆっくり歩いて帰路に着いた。

「…あたる君も、ちょっとは素直になったのかしらねぇ…それにしても…」

あたるの唇が重なってきた自分の唇に、手袋を外した指先をそっと当ててみた。

「別に未練、ってわけじゃないけど…最初で、最後の、キス…かぁ…。何だか…あたる君らしいキスだった、って言うか…学生の頃を、ちょっと思い出しちゃったな…ラムと三角関係だった頃の事とか、色々と…」

しのぶは何故か心地良さげな笑みを浮かべて、歩き続けていた。

「ラムに対してだけは、はっきり言わないし、素直じゃないけど…少しは、変わってきたのかしらねぇ…。そういえば高校の時、ラムの人形、胸ポケットに入れてた時と、今日のあたる君、ちょっと似てたかもしれないわねぇ…。…あっ!いけないっ!そろそろ因幡さん帰ってきてるかもっ。あたしも早く帰らないとっ」

そして思い出を胸に抱きつつ、しのぶは現実の生活の中にある、小さいけれども暖かな“幸せ”の元へと、足早に帰っていった。


「もうちっと素直になれ、なれ、ってなぁ…しのぶまで同じよーな事いいやがって…ったく…」

あたるはアパートに帰ってから、冷え切った部屋に暖房を入れ、コンビニで買ってきた弁当をあっためて、独り寂しく食べていた。と、そこへまたしても珍客…というか、ラムの友人が訪ねてきた。

「よぉ、大将。随分とまた不景気な晩飯だな。…あーあ、これじゃお雪が来たがらねぇのも、よーっくわかるぜ」

弁天は、真っ赤なエア・バイクをキッチンの窓の外に停めてそこから入ってくると、部屋中見渡し、うんざりしたような顔をして、そう言った。

「やっぱラムがいねーとダメだなぁ。あーあーあー!何だよ、こりゃ。ゴミの山じゃねーか。…そのうちゴミ屋敷、とかになっちまうぜ?」

「弁天様〜♪いや〜、こんなむさ苦しい所へわざわざ来ていただいちゃって〜。あいにくお茶もコーヒーも切らしちゃってるんですけど〜…」

「いや、別にアタイに構う必要はねーよ。今日はちょっとした報告しに来ただけだ」

「報告?オレに?」

「ラムが今度見合いするんだと。ま、父親の計らいらしいけどな。今度は浮気なんかしねーよーな、真面目な男を鬼族ん中から宛がうつもりらしいぜ、ラムの親父さんは」

「ラムが…見合い、を?」

「そ。さてそこでどーするよ、大将?黙って見合いさせるか?それとも昔みたいに乗り込んでって阻止するか?ただ黙って指くわえてたら…ラムは他の男のモンになっちまうんだぜ?…ま、それでもいい、ってんなら、こんな話持ってきても無駄ってもんだけどな」

「その…見合い、ってのは…いつ?」

「おっ、そうこなくちゃな。はっきりいつ、ってのはアタイも聞いちゃいねーんだけどよ、どうやらここ2、3日の間らしいぜ?そこで親父さんは…絶対確実に、ラムの結婚相手を決めるらしいぜ。結婚するって事は、だ。どーゆー事か、わかるよな?他の男のモンになって、そいつのガキを産む、って事だ。だろ?」

「…しかし、そこまで行く方法が…。テンの宇宙船は乗せてもらえんし…」

「なーに言ってやんでぇっ。ランの宇宙船があるじゃねーかよっ。行くんなら早い方がいいぜ。何なら今からでも、な」

「………」

「なーに黙りこくっちまったんだよ、行くんだろ?それともやめとくか?やめるんならそれでもいいけどよ…アタイには関係無い事だしな。…だけどな、諸星。この先死ぬまで、一生後悔するつもりか?1度無くしたら、それはもう…戻ってこねーんだぜ?」

弁天のその言葉で発奮したのか、あたるは食事もそこそこに立ち上がると、黙って窓の外にあるエア・バイクの後部座席に跨った。

「よしっ、しっかり掴まってろよっ!振り落とされても知らねーからな!」

ランの住宅兼・宇宙船までは大した距離では無かったが、弁天はバイクを思いっきり飛ばした。そしていきなりずかずかと入ってきた弁天とあたるに、ランは驚き怒鳴ったが、弁天の手早い動作で、ランが止める間も無く、宇宙船は地上を飛び立った。

…そして間をはしょって、あっと言う間に鬼星に到着、である。

「勝手にこんなとこまで飛ばしてきよって!」

「まぁまぁ、あのふたりのためだ、ひと肌くらい脱いだっていいだろ?ラムとは幼なじみなんだしよ、な?ラン」

「だーれがっ!幼なじみじゃっ!!それにワシはラムのためにひと肌脱いだる、なんぞ、ひとっことも言っとらんでっ!!」

「ま、後は諸星のやつが上手くやってくれんだろ。ラン、もういいぞ、地球に戻っても」

「何や何や何やーーーっ!!ワシは使いっパシリかいっ!来たら礼も無しに、“もう地球に戻ってもいいぞ”やとっ!?」

「ああ、悪かった。助かったぜ、ラン。もし上手くいったら…お茶とケーキくらいはご馳走するからよ」

「…ったく、お茶とケーキィ〜〜!?…何でワシがラムのために、こないな事せなアカンねんなっ…弁天っ!絶対やからなっ!お茶とケーキと、それにパフェも付けんかいっ!!」

「…あー、わーった、わーったよ。パフェも付けっからよ…」

その頃、ラムは…。

「とりあえず見合いの話は無くなったけど…。ここにいたら、またいつ、父ちゃんが見合い勧めてくるか、わからないっちゃねぇ…」

ラムは自宅近くの草原で、ふわふわと低空飛行しながら、日向ぼっこをしていた。時々外に出ないと、気が滅入ってしまうからだ。

「あんまり実家にい過ぎるのも悪いし…そろそろ仕事でも見つけて、自活しようかなぁ…。でも、ウチが出来る仕事っていうと…何があるかなぁ…?」

そんな事を言いながら、ラムは地面にストン、と降り立った。

「今までバイトもした事無いし…出来る事って言うと…」

「…掃除、洗濯、アイロンがけ、それと…地球人向けの料理、かな…」

「…えっ!?」

「それと、いつかはわからんけど…ふたり揃って、親になる…くらい、か?」

「…ダ、ダーリン…」

ラムが…一時も忘れた事の無い声の方を振り返ると…そこには、あたるが、立っていた。

「何だよ、見合いするって聞いて、すっ飛んで来たんだぞ?…見合いはどーしたんだ?」

「…とりあえず…今回は、無しに…なったっちゃ…」

「…何で?」

「えっ…それは〜…」

「浮気しないよーな、真面目な男、見つけるつもりだったんだろ?…んで、そいつと結婚…する、と」

「…ダ…ダーリン…の…バカ…。何で、ウチが…他の男と…結婚…なんて…ぐすっ…」

「あ、あのな…あの時…は…その…悪かった…」

「…あの時…って?」

「だから、お前が出てった日…オレが、手を…上げた、だろ?だから…それ…ホントに、すまんかった…と…。オレも、つい、その…カッ、ときて…」

「…ぐすっ…ウチ、ウチ…」

「お、おい、泣く事無いだろ?こーやって迎えに来てやったんだし…な?」

「…うん…ダーリン…ぐすっ…」

「それとな…浮気…の事だが…。本当に、オレ何もしとらんからな?ホントだぞ?」

「…ホントけ?…ホントに?」

「大体、ラムが買い物に行く時間は、オレ会社だろ?それに、オレ…やっぱ…ラム、じゃないと…その…つまり、だな…」

「…確かに、まだ明るい時間、だったっちゃ…」

「つ…つまりっ!ラムじゃないとっ…オレは〜〜っ!燃えんわけじゃーーーっ!!」

「えっ!?ダーリンッ!?ちゃっ!!」

あたるは言葉を振り絞るように、そこまで言い切ると、向かい合っていたラムをひょいっ、とお姫様抱っこで抱え上げ、走り出した。

「ダーリンッ、どこ行くつもりけっ!?」

「オレにもわからんっ!!とにかく、1ヶ月以上、声も聞いとらんかったからなっ!それに…」

「それに?」

「見合いなんか、ぜーーったいに、するなよっ!他の男になんぞ、指1本、触らせるかっ!!」

「ダーリン…ダーリン…ダーリン…ウチ、ウチ…すっごく、すっごく…嬉しいっ♪」

柔らかな草原、緑のいい香りがする。ラムを抱えたまましばらく走ったあたるは、周囲に何も無さそうで、転がりやすそうな場所に、止まった。そしてラムをゆっくり地面に下ろした。

「ラムの星は、気候がいいんだな。地球は冬で寒いってのに、こっちは春みたいなもんだ」

そう言うと、あたるもラムの隣に腰を下ろした。

「ラムがいなかった間な、面堂やメガネたちに、散々説教されたぞ。“お前が悪い、絶対、100%!”ってな」

「ウチがいない間、どうしてたのけ?家の事とか…アッチの方…とか…」

「弁天様が来て驚いてたな。ゴミ屋敷みたいだ、ってな。…で、…アッチ、の方…か?」

「まさか〜他に女作ったり…とか〜〜」

「とりあえず、いつも以上の量のガールハントで発散して、だな…あと足りない分は…まぁ、それなりに、テキトーに…」

「…女相手じゃなくって?」

「…風俗、っちゅーのも、金がかかるし、病気になったら怖いしな…」

「…何言ってるっちゃ…」

「…だから一番お手軽な方法で…っちゅーわけじゃ…。わかるだろ?」

「…何だかちょっと…情け無い感じが…するっちゃ…」

「だって、しょーがなかろーがっ。それともアレか?女作った方がいいと?」

「それだけは絶対にっ!ダメッ!!…今までずーーっと、ガマン…してきたんでしょ?だったら…ここでも…いいっちゃよ?…ダーリン…」

「そ、そうか?ここでも…いいのか?」

「それに…ウチも、悪かったっちゃ…つい、カッとなって…思っても無い事、言ったりして…。浮気する、なんて…」

「あ、いや、それは別に…もういいぞ…」

「お日様の下で…なんて、もしかして、初めて…だっちゃね?」

「…そうだな、外で、ってのは…」

「うふっ♪ウチじゃないと燃えない…って…どんな風に、燃えてくれるのけ?」

「うーむ、まぁ…色々じゃ、色々っ!」

あたるの手がラムの手に重なる。それからゆっくり、彼女の肩に手をやり、あたるはラムを、柔らかな草原に、横たわらせていった…。

--- To be continued. ---

(*1)・・・「大人になったら編/幸せのカタチ」参照。
(*2)・・・「学生時代編/約束」参照。

あとがき


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